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【滝行賛歌】~天相・2

新体道には「瞑想組み手光と戯れる」と名づけられた稽古法がある。型であって型でない、まさしく動きの稽古、組み手である。

新体道の稽古法開発が頂点に近づきつつあった35年ほど前、突然この稽古法は生まれた。現代人のための心身解放、霊性の開発、真の人間性復興のための稽古法を求め続けた新体道創始者・青木宏之師にとって最後の回答とも言えるものだった。

この稽古法が完成された時を境に、青木師はいわゆる「燃え尽き症候群」となる。いたたまれない心と体を抱え青木師は、南北アメリカを縦断した。そして、特に南米の雄大すぎる大自然に触れ、またブラジルに長逗留することで心身の危機を脱した。この時、「新体道」棒術が生まれたのだが、この件は別の機会に譲る。

滝行を翌日に控えた金曜日は、NPO新体道本部の稽古だった。翌日の滝行に備え出席するかどうかを迷う。しかし、この稽古は久々に忘れえぬ稽古となった。

天真柔操、心身開発、本稽古と続き最後の稽古の時だ。
「光と戯れる」「天真五相・栄光複合組み手」を合わせた稽古でのこと、

リーダーの手首を握り動く私の目の前に現れた、光の乱舞、ビジョンは、滝行のそれだった。

体が一気にゆるみ、いったん大地の奥底に向かった精神が天へと向かうそれは、滝行のそれだった。

「ああ、この組み手は滝行だ」

思う。

組み手の最後、天相へと導かれた時

降り切った重心は、体が徹底的にほぐされ、継いで天相という形をとることによってやがて精神を天へと導き、精神そのものを消してゆく。精神が消え無相になったところに注がれるのは、大いなる天地と人々の愛である。我が無となった時、そのワレに天地と人々の愛が注がれる。

と感じた。

滝行で得られる体験は、新体道の稽古によっても必ず得られる。正確に言おう「天真流滝行で得られる体験は、新体道においても必ず得られる。」

しかし、この体験を先取りさせてくれるのが天真流自由滝行だ。年齢も性別も稽古歴も関係は無い。

この滝行はまさしく新体道だった。
この滝行は「現代人のための心身解放、霊性の開発、真の人間性復興のための最高の方法」なのだ



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【くにたち稽古会】試験に勝つ新体道

木曜日はくにたち稽古会でした。

今回は、翌日に「面接試験」を控えた方が稽古に参加しました。以前から「ほびっとむら稽古会」にちょくちょく参加してくれていた方なんですが、くにたちは初参加です。

流れを変えたい

そう最近感じたそうです。

そうくれば新体道でしょう! くらいの感じが私の中にはあります。新体道を始めると人生が激変する人は多いものです。

私の稽古会に通っていた方でも、あっという間に結婚、そしてパートナーの出産。と言うケース。子どもが出来ましたというケースがあります。かく言う私も、新体道始めてからというものの、もう人生がジェットコースターのようです。結婚もしましたしね(笑)

でまあ、今回はとにかく「明日の面接対策を稽古でやろう!」と言うことにしました。

まず姿勢です。新体道では重心降下法を重視します。これは、気持ちや意識をズ~ッと自分の下の方に向けて、落ち着けて行くというもの。

ニューエイジ的なことに興味のある人は「ピン!」と来たかもしれません。グラウンディングといわれることと大体同じなのです。新体道は具体的な方法が示されていますから「ぱっ」と出来てしまいます。

本当はこれさえ出来ていれば大丈夫ですが… まあ、なかなかね。ですから、形から入っていただきます。立ち方の形。形が中身を作るんです。安定した(固定じゃないですよ! 言葉は難しい!)姿勢でいるだけで、アピール度は抜群です。

そして天真柔操。もし、試験の前にちょっと時間があれば、この天真柔操の原則を活かして自分なりに体をほぐしてほしいものです。

そして、次は呼吸法です。

緊張すると胃の辺りが硬くなるもの。逆にこのあたりをほぐす呼吸法をやれば緊張しないで済みます。

次は腰を緩めます。人間関係の積極的な部分は「腰」に出る。なんていいます。腰をしっかり立てる。この具体的なところ、これが重要。どこをどうやったら腰がしっかりするか? 腰がしっかりしていないと、面接で自分の言いたいことは伝わりません。

次は天真五相から「エ」

人生を切り拓くための稽古です。

とまあこんな具合に稽古をしました。もうね、立派な性格改造(笑)

最後の最後は、「賞賛の瞑想」。人生をより豊かに楽しむ、人生の良い波に乗るための瞑想です。

沢山のメニューを行いました。何でもいい、今回やったものの一つ、なんでも良いから試験前にやってくれれば、大きな効果が期待できます。

稽古後、面接を受ける彼が
「流れが変わった気がする」
こう話してくれました。

さて、結果はどうなったでしょう?

~稽古内容~
天真柔操(立ち方詳解)
緊張を取り除く呼吸法
開脚手取りのほぐし
瞑想ジャンプ(腰をほぐすために)
正立位詳解
天真五相
天真五相より「エ」(大地のエネルギーを吸って)
天真五相より「イ」→組み手「イ」に対して少しだけ圧力
大妙より「裂迫」→「エ」の発声で拓く
賞賛の瞑想



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【ほびっとむら】気づきを敷延する


水曜日はほびっとむら稽古会でした。

今回は肉体に対する気づきを確認、確証、敷延(おしひろげること。展開すること。意義・意味をおしひろめて説明すること。また、わかりやすく詳しく説明すること)を一つのテーマとしてお稽古しました。

と言うのも、前から知り合いだった女性が稽古に見えたのですが、以前怪我をしたところが、まだ癒えていないんですね。もちろん運動をするのには問題が無くて、元気です。

でも、怪我の時というのは、いろんな気づきを得やすい時期でもあるのです。こういう時は、自分の体と折り合って、大切にして、体の声を聞いてあげると本当に素晴らしい稽古が出来ます。

また、こういうときは周囲にとっても、いろんな課題を得やすいので本当にありがたいのです。怪我をした人、病気の人、体が弱い人こう言った人たちと稽古できるのは本当にありがたいことなんです。

えてして怪我をした人、病気がちの人、体が弱い人は閉じこもりがち、ですから私達はこう言った人たちと稽古できるチャンスが少ないのです。

こういうチャンスはありがたくいただきっ!m(__)m

まずは、立ち方。正立体による立ち方を復習し、ちょっとしたボディーテストを行い、正立体が、重心を下ろすことが、視線を遠くにすることが、手のありようが、足のありようがどんな影響をもたらすのかを確認します。

これはやたら元気な場合、変に意地悪してみたりしてうまく行かないことが多いですが、今回はそんなことはありません。そんなことしたら、それこそ怪我をしてしまいますから。

体と心はこういう風になっている。それを充分に確認したうえで、動きの稽古です。そうすると、気づいた結果が頭から全身に押し広げられて、ホンのちょっとした時間で素晴らしい動きが出てきます。それがまた、素晴らしい気づきを生むのです。

稽古の最後に行った、正立位での重心降下法瞑想。正座での重心降下法瞑想。この充実度が、今回稽古に参加された皆さんの気づきの深さを教えてくれていたのでした。

~稽古内容~
天真柔操
正立体詳解(ボディーテスト数種)
自由にジャンプ⇔緩める⇔大きく開く
自由に動く(背骨がチェーンのつもりで)
瞑想組み手ワカメ体操
同上 交互ワカメ体操
同上 交互を大きく
養気体天真五相
天真五相(正)
天真五相(大)
重心降下法瞑想(正立→正座)


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【本部稽古】カン! カン!

火曜日は本部棒術クラスでした。

今月5月のテーマは基本でした。ですが… いや申し訳ない! ちょっと網羅し切れなかった! 棒術このシンプルにして壮大なスケールの武道。これが新体道と出会い、新体道棒術となった時、そのスケールは本当に大きな宇宙大のものになったのです。

とはいえ、精緻に組み立てるところが無いかといえば、それは全く逆で、壮大なスケールを組み立てるものは、本当に精緻な精密部品なのです。

その精密部品をよく見てみるといろんな要素が見出せます。空手、杖術、なぎなた術、槍術。もちろん棒術そのもの。そして、「新体道棒術」ですから、新体道。これらが渾然一体となって体系をくみ上げています。

精緻にして壮大。これが新体道棒術なのです。

今回は基本の中から逆手打ちを行いました。

これは、空手の「突き」と直接結びつく基本技です。腰からグンッと出てゆく拳の勢いは、棒先に乗り本当に強いエネルギーを発します。

打ちであり突きであり、棒術と空手が兄弟関係であり、棒術が、杖術にも、なぎなた術にも、槍術にも変化してゆくことを実感させてくれます。

この逆手打ち、2人で行う組み棒をやればやるほど形が整うと言う側面があります。キーワードは「音」。

もちろん他の技も、組み棒が大事であることは変わりが無いのですけれどね。

で、今回はこの技を使って組み棒も行いました。

お互いに騎馬立ちに立って向かい合います。まるで馬にまたがって乗っているかのような立ち方です。つま先を両方正面に向け、ぐぐっと腰を落とします。

そこから逆手打ち、お互いの棒が「カン!」と音を立てます。夜のしじまに響きます。リズムが出てくると「カン、カン」と音が体の中に入ってくる感じがしてきます。

外で響く音が、体の中でも響いて、さらにその響いた音同士が響きあいます。響きあった音同士がまた響きあい。そこにまた新たな組棒による「カンッ!」という音が響きあわせます。

隣の組の音も響き、自分達も響きどこまでも響きあいます。響きあった音が、技の正確度を示してくれます。

音が、技を作ってくれる。そんな不思議な逆手打ちの組棒です。

~稽古内容~
天真柔操(号令ベアトリス)
親和体操2対1
瞑想ジャンプ
横になってリラックス→天真五相
持ち替え
入り迎え→集団ワカメ
瞑想組み手ワカメ体操
騎馬立ち 中段本突き
同上 逆手打ち
同上 逆手打ち組棒
不動立ち前進後退 逆手打ち組棒
天相⇔しゃがむ(深呼吸)→横になってリラックス→天真五相



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【三鷹稽古会】大いなる波になって

月曜日は三鷹稽古会でした。

今回の主なテーマは、入り身することと、転がること。
この二つですが、上達のためにとても気をつけないといけないことがあります。それは、

柔らかくすること、ぐにゃぐにゃに動くこと

え? と思われるかもしれません。武道なのに? と、

武道なんていうと、肩肘張って、力んで「えいやっ!」というイメージを持ちがちですが、これはいけません。

というのも、「入り身」の代表的な動きである、すれ違い的な動きの時、いちいち力んでいては相手が連続で攻撃して来たときに対応できない、ましてこれが多人数だったらもっと対応が遅くなります。

要は役に立たない

そして転がることです。一般に受身と言われている動きのことです。ですが、新体道では「受身という形」を稽古することはありません。

と言うのも、受身を形として稽古してしまうと、一般に力んでしまいがちです。これはよくない。人間の体を固体化・固形化してモノのように転がれば、固い床などでは怪我をします。人間の体は床や地面より強く硬くはなれないのです。

じゃあ、どうするか? ゆるめること、力を抜いて、まるで液体が床に広がるようになれば怪我をしません。もちろん概念図ですけどね。

この二つを同時に稽古させてくれるもの。

それは「瞑想組み手ワカメ体操」

一人の人が柔らかく体を押して、もう一人がまるで海を漂う海草のワカメのようにしなやかに動く。

もう本当にくにゃくにゃ、とろとろに動き合うのです。でもただ柔らかいだけでなく視線を遠くに、大きな波になって動くのです。

今回はこれを交互に行いました。そして一ヶ所に止まらず、動きまくります。

随流去。止まらず止まらずに動くのです。

大きな二つの波が、ぶつかりつつも交じり合い、渦を作り離れ、追いかけあい、共に動き、また離れる、すれ違い、ぶつかり合い、一体となる。

まるで、大海を流れる潮の流れのようです。

~稽古内容~
天真柔操
自由にジャンプ→腰ほぐし→腰開き→自由にジャンプ
無相拳・無相蹴り(自由に)
天相⇔転がる
瞑想ジャンプ⇔脚・足首ほぐし
瞑想ジャンプ組み手(転がることを主体に)
瞑想組み手ワカメ体操
同上 交互(大きく流れに乗って)
天真五相
天真のパイプの瞑想



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【滝行賛歌】~天相・1

土曜日は出張指導の後、月末に控えた滝行の打ち合わせを兼ねて文覚荘へ向かった。

打ち合わせの前に、滝に向かった、崩落が激しい。もう人をお連れすることは出来ない。

大自然の変化の前には、人間のちっぽけな力など及ばない。

滝に着いた。

ざんざんざんざんざん

滝の音が私を洗う。ゆったりと滝へ向かう。季節的にはもう厳しい滝行ではない、だからこその滝行だとも言える。

滝の中で私は諸手をあげた、可能な限り掌を開いて。

天相とは何の形だろうか? 新体道で重視されるこの体勢。型。精神。 
諸手を挙げて、降参する形。
諸手を挙げて、賛美する形。
諸手を挙げて、驚愕する形。

いずれにせよそこにあるのは、大いなるもの、影響力に自らをさらし自らの裡には何も含むものは無く、空っぽであることを見せている。

もろもろの天は神の栄光をあらわし
大空はそのみ手のわざをしめす
この日のことばをかの日につたえ
この夜知識をかの夜におくる
語らず言はず、その声きこえざるに
そのひヾきは全地にあまねく
そのことばは地のはてまでに及ぶ
(旧約聖書 詩篇より)

ただ、我々は大自然の前に伏し、自らの弱さを知る。我々はつい自らを知恵者だと思い、自らをワザあるものと思う。しかしそんなものは、本当につまらないちっぽけなものであることを知る。

滝という、本当に全てを破壊する大自然の力の顕現の中で、何をしようが無駄である。呪文を唱えようが、愛に満たされようが、平和を祈ろうが、それら全てが「私」から出たものであれば、押し流される。

押し流される痛みに人は耐えられない。耐える必要など無いのだ。ただ手放せば善い。

「思考」のワナは私達を捉えて離さない。巡り続ける、思考。この思考に私達のエナジーは無駄に消費される。

滝はこの思考をも押し流す。

ざざざざざざざざざざ

滝の音が変わったかに思えたその時、押し流されてゆく、思考、恐怖、不安。

ざざざざざざざざざざ

滝の音と、水の衝撃が私を支配する。

滝を出た、文覚荘に帰り風呂を借りる。本当にありがたい宿と、人々のもてなし。

打ち合わせを終え、文覚荘を出た。駅に着いたころには既に19時。御殿場線の本数は少ない。

人気の無いホームにたたずみ「天相」をした。

寝違えで動かなくなっていた首も、先日の稽古で痛めた腰も柔らかく自由に動くことに気がついた。

するりと気持ちが天へ伸びた。


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【出張指導】栄光!!

この土曜日は、月に一度の出張指導でした。

この出張指導厳しいんで有名です。普段の私を見ている人からは「信じられない」と言うことばが出るくらい、厳しいです。

というのも、この出張指導で稽古する若者達と言うのは才能の塊みたいな人たちです。この才能を開花をお手伝いするのが私の役目です、将来この団体を通じて、日本という社会自体のオピニオンリーダーになるべくして集められ、また充分にその才能があるんです。才能は開花しないと、ね。

だからね、稽古の中でひたすら栄光(大)で走り続けたり、またものすごく自己凝視を要求することもあります。

また、とても規律正しい生活をしていますから、その反動でとても体が固くなっていることがあります。これを徹底してほぐすなんてこともします。

今回は栄光と、統一基本技の稽古をするつもりでした。

とまあ、そんなつもりで彼らと一緒に今回の稽古会場である、建物裏の広場に行きました。

そしたら「どんどん」と太鼓の音です。同じ団体の方が練習をしているのですね。聞けば後五分で終わるとのこと。

ちょっと声を掛けてみました

「一緒にやってみませんか? 栄光」
「じゃあ、ちょっとだけ」

そしてみんなで、諸手を挙げて気持ちよ~く

「あ~~~~~~~~~~~~~~」

天を斬るようにおおらかに走ります。

「きもちい~~~」

「じゃあ、おつかれさま~」

研修生の若者達に尋ねます
「君たちも気持ちよかったかい?」
「はい!」
「そう」(ニヤリ)
ここから、彼らの地獄が始まるのです(笑)いや天国かな(爆笑)どっちでもいいや! 彼らの人生にとっては大きな栄養になるんだから、ね!

~稽古内容~
<午前>
天真柔操
親和体操(大きく天を斬るように)
四股立ち腰開き
開脚前進(大)
一人ワカメ
瞑想組み手ワカメ体操
同上 交互
無相拳
無相拳組み手
栄光(大)
統一基本技組み手 大上段×上段
<午後>
天真柔操
天真柔操詳解
二人組みほぐし
ステップ第1則・第3則
栄光(正)大上段斬りこみ
同上 上段斬り込み
統一基本技組み手 大上段×上段

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【くにたち稽古会】剣をばとりて

木曜日はくにたち稽古会でした。

剣術を稽古しました。というのも、今、日本の新体道は剣術を中心に大きなうねりを持って動き始めているからなんですね。

波が起きているわけです。

こういう波には乗らなきゃソンソンというわけです。

もしかしたら、新体道はここ一~二年で大きく様変わりするかも知れません。新体道の指導者はみんな「たんこぶ」作って、あっちこっち腫れあがらせては稽古を続けています。

くにたち稽古会が出来てもう5年になりますか…で私が引き継いで2年です。でもこれまで剣術はやって来ませんでした。

会場の関係で、大きく動く新体道の剣術は難しいのです。

でも、エッセンスは稽古できるはずです。

で、久しぶりと言う方も見えたので、腰を充分にほぐしながらの稽古です。

木刀を持って、ごろごろしてみたり、ごくごくかる~い瞑想ジャンプとストレッチを交互にやって見ます。

何故、腰をほぐすか?

実はね、新体道の制定木刀は重いのです。もちろん重いのには意味があってのことなんですが、でもなれないうちに重い木刀を持ったら腕だけでなく腰に負担がかかってしまいます。

でもね、武道、武道していない稽古より、ストレッチを交えたりのんびりしたりする稽古のほうが、ある種の極意を掴みやすいのも確かなところなんです。

それは、急いで、がんばって稽古すると忘れがちな、剣を慎重に扱うと言うこと。心を剣を通じて解き放つと言うこと。

だから、今回の稽古では、じっくり体をほぐした後、ちょっとだけ外で稽古しました。もちろん住宅地ですから、「あ~っ!!」なんて声は出せませんけれどね(笑)

みんなで剣を天に突きたてて「天相」しました。

暗闇の中で、剣を天へ向けて立っている姿はとても幻想的でした。

この時これを思い出しました。私はキリスト教徒じゃあ無いんですけどね

もろもろの天は神の栄光をあらわし
大空はそのみ手のわざをしめす
この日のことばをかの日につたえ
この夜知識をかの夜におくる
語らず言はず、その声きこえざるに
そのひヾきは全地にあまねく
そのことばは地のはてまでに及ぶ
(旧約聖書 詩篇より)

ちょっと聖なる気持ちで稽古した夜でした

~稽古内容~
天真柔操
剣を持ってごろごろ転がる
腰のためのストレッチ
瞑想ジャンプ(ゆらすのみ)⇔ストレッチ
天真五相(寝たまま)
天相(剣を持って)
上げ下ろし
歩いて天を斬る
剣術6ヶ条内回り




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【ほびっとむら】防ぐべきこと


水曜日はほびっと村稽古会です。

新体道稽古2回めという方が、参加してくださいました。今回は、この2回目と言う方にはちょっと酷な稽古内容だったかもしれません。と言うのも、今回の稽古のテーマは組み手。しかも天真五相の組み手。

これまで何度か書いたことですが、新体道には非常に優れた大基本の型「栄光」「天真五相」があり、単独で行える稽古方法が充実しています。

つまり、一人でも充分に稽古可能です。

ですが、新体道は武道から生まれたということもあって「組み手」を非常に重視しています。

この「組み手」というシステムは新体道を稽古し続ける上で、心をより健全にしてくれる効果があります。

「組み手」に対して、単独で行う稽古、これにはちょっと工夫を必要とするところがあります。

というのも、一人で行う稽古は、技が効いていなくとも、効果が出ていなくても、稽古したという事実だけで満足してしまうことが往々にしてあって、これがズ~ッと続いてしまうと自分の作り上げた勝手なイメージの中で「達人」になってしまうことがあるのです。

特に「栄光」「天真五相」はダイレクトに心と体を変える力を持っていて、多少型が違っていても効果が出てしまうのです。

私達はある種日常で<抑圧>されて生きています。

でも日常を離れ、一人で行う「栄光」「天真五相」の稽古中では解放感に満ち溢れ、王様気分でいられます。

この結果、<被抑圧者>位置付けられてきた私達が、、<非抑圧的>な自由な立場に立つことや、自分を優位に立たせることが可能になる訳です。

その結果、自分を実際よりも大きい存在、あるいは能力のある存在だと思い込んでしまうエゴ・インフレーション(自我肥大)が起こってしまいます。

これは危険なのです。エゴ・インフレーションにある私達の心身は、現実に立ち向かえる実力が備わってないので、真価が問われる事態に直面したとき、たちどころに崩れてしまいます。

こうなったら大変です。小さな子どもなら押入れに隠れるなんてことも効果的でしょうけれど、私達はそうも行きません。ですから、組み手が必要なのです。

気持ちよい稽古をしたら、その稽古を人との関係において検証してゆく。そこから本当に効く技・型を作り上げ、その技・型を行うことで、現実の問題に対応しうるしなやかな心身を作りあげてゆくのです。

組み手の意義にはこういうこともあるのです。言葉にすると難しいですけどね (´・ω・`;)

~稽古内容~
天真柔操
開脚手取りほぐし
手取りジャンプ⇔ゆるめる
天真五相(正)
天地斬り下ろし(ワカメ体操のように柔らかく、伸ばして、緩めて)
天真五相立ち組み手
天真五相(正)

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【本部稽古】壮大なるかな

火曜日はNPO新体道本部・棒術クラスで号令でした。

このところ、海外からの稽古仲間を迎えることが多くなっている、NPO新体道の本部クラスですが、今回もまた一人海外からやってきました。

アメリカで新体道を稽古する男性で、もう新体道歴は20年になる方です。で、ちょっとビックリしたのは、西荻窪の「ホビット村」のことをご存じだったこと。細かいことは省きますけれど、人の世界の繋がりなんて本当に、あっちも繋がっていれば、こっちも繋がっているで… 悪いことはできませんねぇ(汗)

まあ、そんなことはともかく… 以前も書きましたけれど、新体道の武道部門の中でも、最も体系化が進み、技が易から難へ、単純から複雑へと多彩に変化するのは、新体道棒術の大きな特徴です。

一見矛盾するあれやこれが、体系的に纏められています。その体系は壮大そのものです。

本来なら青空の下、壮大なスケールで稽古されることがよく似合う新体道棒術は。その稽古を支える体系も壮大なのですが、精緻に組み立ててゆく部分が無いわけではありません。

精緻に組み立てる、それすらも壮大なスケールの中で自然に行え、身に付くように体系付けられているのです。

柔らかく行う、棒による瞑想組み手わかめ体操はやがて、壮大な棒による栄光組み手へと変化し、さらに一本一本を大事に稽古する基本組棒へと変化し、またそれらがごく自然に、わかめ体操、栄光、単独練習にフィードバックされて行きます。

そして、さらに連続組棒、組み棒型「真常(大・小)」へとフィードバックされて大いなる連環の中、我々の心身を解放してくれます。

何はともあれ、棒術は面白い!

~稽古内容~
天真柔操(号令・ベアトリス)
自由にジャンプ・ほぐす
一人ワカメ体操
集団ワカメ体操→天相→証光
棒による入り迎え
瞑想組み手ワカメ体操→集団ワカメ体操→集団栄光斬りあい
不動立ち前進・大上段打ち下ろし
同上・上段打ち払い
組み棒・大上段×一文字受け
ミニ演武
火の型・風の型(演者・綿谷本部師範代)
秀志の棍(演者・海野本部師範代)
佐久川の棍(演者・曽根田)
創営組棒(演者・大井首席師範)


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【三鷹稽古会】転がることも時間を掛けて

月曜日は三鷹稽古会です。駅から程近い、沙羅舎の舞遊空間をお借りしています。

板の間です。ダンスのレッスンなどをするところですから、当たり前ですね。

ですから、

転がると、痛い(泣)

と、思うでしょう??(笑)

痛くないんです。痛くないんですよ! 決してね。別に我慢するわけではなくて、体と心を柔らかくして転がるんです。すると、痛くない。人間の身体って不思議ですが、そういうものなんです。

「心」を先にやわらげるのが稽古の順番としてはよいと思うのですけれど、そうも言ってられません。一日は24時間、稽古時間は1時間半くらいですから。

ですから、まずは「体」をやわらげる稽古をして、そしてしゃがんだところから転がる練習をします。そうすると、あんまり怖くない。こんな風にして転がる練習を積んでおくと、体はますます柔らかくなってゆきます。すると、心も柔らかくなって、転がっても痛くなくなってきます。

これは形じゃあ無いんですね。かっこよく転がるとか言うのも関係ありません。とっても自然に、水を入れた皮袋のような柔らかなものが転がるように見えます。

こうなるのにはやっぱり、稽古量が必要です、稽古をどれだけしたか? っていう「時間」「経験」が問題になります。

今回、新体道歴はもう15年以上になる大ベテランが稽古に参加してくださいました。久しぶりのお稽古だそうですけれど、自分のペースでこつこつと時間を掛けて稽古してきただけあって、転がりかたがとても自然です。

やはり、稽古は「続ける」ことが上達の秘訣ですね。

~稽古内容~
天真柔操
瞑想ジャンプ
瞑想ジャンプ組み手(転がることを主体に)
同上2対1(転がることを主体に)
天相⇔転がる
大の字→天真五相(寝たまま)
騎馬立ち中段本突き
不動立ち前進中段本突き
同上 中段斬り払い
中段突きに対する体前面への入り身
同上 突き手を栄光へ送り出す
同上 中段斬り払いを使って送り出す
組み手・入り身斬り込み(中段突きに対して)
瞑想組み手わかめ体操
二人組みほぐしあい



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【仙川稽古会】エックハルト

日曜の午前は仙川稽古会です。

ここのところの仙川稽古会は、「お話会」というか「読書会」「瞑想会」の傾向が強くなっています。

新体道創始者・青木先生の講話や資料を用いて行います。

「体技なのになんで~?」と聞かれそうですが… 大人の世界にはねぇ…いろいろあるんですよ、いろいろ。

まあでも、新体道は特に体ばっかりより、魂、心に栄養を与えなきゃあいけない体技です。そして本当に深めた稽古をしたいのなら、ちょっと深い勉強をしないといけません。

今回は「エックハルト」について勉強しました。

だれそれ? 多くの人が疑問に思うことでしょう。でもこの人物、新体道を深く勉強する時には絶対って言うくらい欠かせません。

マイスター・エックハルト(Meister Eckhart, 1260?-1328?)は、中世ドイツのキリスト教神学者、神秘主義者です。

1326年エックハルトはその教説のために異端の告発を受け、これに対し「弁明書」を提出しました。審問を待つ間に、エックハルトはなくなりました。 その死後 1329年、エックハルトの命題は異端の宣告を受け、著作の刊行・配布が禁止されたのですが、このため彼に関する記録はほとんどが失われて、その生涯は上記の「弁明書」等からうかがい知るだけで、不明な部分が多い人物です。

新体道の青木先生は、キリスト教の弘法大師のような人なんて言っています。

彼が異端かどうかは私は知りませんけど、凄いことを言っているなあと思うんですね。

エックハルトの教えでものすごく大事なところは、放下(Gelassenheit)して無になれ! って言ってるところだと思うのです。そうすることで名前無き神と合一するんだ! ッて言うんです。

キリスト教徒が神と合一! もうこうなったら、その間には教会も、絶対君主制もイエスも何もいらないわけですから、当時の教会とかは、困っちゃったんでしょうけど…

で、彼はこう言います。

神は充溢した存在だから、その性格上「無」に対して自分を注ぎ込まずにはいられない。

無になったら、神が入ってくる訳です。

でさらに、極限の無になった時、内面において神の力が発揮して神の子として転生する。

被造物を超えちゃうわけです。

そうなるともう、被造物としての苦しみ苦悩なんて無い! 言い切っちゃいます。

もうね、これキリスト教? って思います。

ところでここまでの話、「何? 宗教? 武道・体技の話じゃないの?」そう思った方は、読み方が浅いですよ~(笑)

~稽古内容~
お話
「マイスターエックハルトにおける無とその歴史的背景」
「天真を受容する器官について」
「男女における脳の性差」
天真柔操
無相位瞑想法(シンギングボールを使って)



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【くにたち稽古会】剣を持っても

木曜日はくにたち稽古会でした。

最近のくにたち稽古会では、剣術を取り入れた稽古をしています。新体道において剣術は本来、初心者から武道の段位で言えば一級くらいまでは稽古しません。新体道本科の上位である専科の稽古内容だからです。

でも、くにたち稽古会ではやっちゃいます。

なぜか?

いえ… まあ… 私の趣味で(笑)

冗談です!(半分本気ですが)

確かに、「これが出来るようになるまでは、あれはやらない」

という稽古の組み立てはあるし正しいですが、一つのことを多面的に理解するという方法も正しいと思うのです。

ですから、くにたちでは空手の型もやるし、杖術もやるし、剣術も、瞑想もやるのです。

でもね、何をやっても新体道なのですよ。やっぱり。

今日は剣術のうち、相手の後ろにぱっと入り身する必要のある技を稽古しました。この「入り身」の体得を比較的簡単にを可能にしてくれる稽古は? 交互わかめ体操です。 いつもやっているあの「わかめ体操」なんですね。

でも、人間って悲しいというか面白いというか… 木刀を持った途端にわかめが「さんご」になっちゃうんですねぇ。 で、木刀を置いてわかめ体操をすると? あら不思議、とっても自由な動きで入り身を実現!

「ほら! できるでしょ!」

でも木刀を持つと

「むむむむっ」

こうやって、理解を深めてゆくのですね(笑)

~稽古内容~
天真柔操
大上段打ち下ろしスクワット
瞑想組み手わかめ体操(木刀を持って)
同上(三度目で入り身)
同上(木刀を持たずに)
交互わかめ体操(素手で)
同上(木刀を持って、入り身しあう)
剣術九か条
二人組みほぐしあい



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【ほびっとむら】わかめ体操しませんか?

水曜のお昼は、ほびっと村稽古会でした。
http://www.nabra.co.jp/hobbit/wc.htm#sint

今回は初めての方が稽古に参加されました。

で、よくよくお話を聞いてみると、なにやら「わかめ体操」というのがあるらしい、でそれが気持ちよさそうだ。と思って稽古に参加されたとのこと。

そうくれば、やらなきゃあいけません。

わかめ体操

楽天会の稽古の中、若者達は激しい突き蹴りの応酬の中、身体を本当にぐにゃぐにゃに使うことで、攻撃を避け、反撃し、その応酬の中で彼我一体となり、ある種の悟りのような状態を経験していたのです。

「君たちの空手はなんて固いんだ、もっとぐにゃぐにゃになれ」

新体道創始者・青木宏之師の師である江上先師の言葉が、若者達の身体を通して表現された時、

「この現象は何なのだ?」

青木師の心は大きくゆさぶられました。

やがて紆余曲折を経て、老若男女を問わず稽古可能な組み手でありかつ、大きな世界観を宿したものとして開発されたのが

「わかめ体操」

ですから、やりようでは、ものすごく激しくも出来ます。また逆に心身の癒しの技としても稽古できます。きゃあ、きゃあ言いながら、「大人の追いかけっこ」として遊ぶことも出来ます。深い哲学を学ぶことも出来ます。現代人に必要な、直観力、コミュニケーション力の開発としても稽古できます。

どうです? わかめ体操しませんか?

~稽古内容~
天真柔操
自由にほぐす
一人わかめ体操(風を感じながら)
わかめ体操
人差し指対掌追いかけっこ→入り身(光と戯れる)
天真五相



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【三鷹稽古会】技の愉しみ

月曜日は三鷹稽古会でした。

三鷹稽古会では、新体道空手の稽古をしています。新体道の得物(武器)を使わない稽古としては、本科・専科(能力開発体技)、一般科(瞑想及び運動量の少ない新体道体操)、空手、柔術があります。

これらはその境界が曖昧なところがあって、同じ稽古の時間に織り交ぜられながら稽古されることも多いです。

今回は「技」の稽古、特に柔術の稽古をしました。技としては2つです。

新体道柔術の大きな特徴としては、空間的距離という意味での「間」と心理的距離と言う意味での「間」、そして肉体の接触状況と言う意味での「間」をたくみに駆使・往来するところにあると思います。

関節を決めて痛みで倒すと言う技は、比較的少ないと言えます。

またこれらの「間」をうまく操作できると

「何故倒れるんだ?????」

なんてことも起こります。

もちろん、基本は型稽古ですから、同じ状況を繰り返し、繰り返し稽古することになります。

でも、そうすることで多くの学びを、比較的安全に行うことが出来ます。多く学んでいったら今度は型を超える稽古をしてゆきます。

今回の稽古ではそこまでやりませんでしたけれど、近いうちにやれそうです。と言うのも、皆さん技を本当に愉しんで研究しながら、稽古していましたから。また、新体道柔術の技をを愉しんで稽古すると、自然に人間という存在についての理解が深まって行きます。

積み重ねが、厚みのある稽古と心を作って行くのですね。

~稽古内容~
天真柔操
膝の抱え込み⇔足のストレッチ
前蹴上げ
前蹴込み
不動立ち前進・中段本突き
ステップ第一則・第三則
上記応用ステップ(振り返り)
突きに対する入り身
同上(大)(入り身して腰を切るように)
内無双
花弁返し


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【滝行賛歌】~天来の恵・13

最後は私が入滝させてもらった。

滝は良いと思う。

先にも書いたが、新体道の稽古でもこの滝行での体験と同様の現象が起きることがままある。

稽古の度合いを計ることが 滝行で可能であると言える。

はっきりと言えるのは、ある種滝行のほうがはるかに楽であり、はるかに早い。また、場合によっては、自分が現在いる場所より先の稽古結果を先取りしてしまう。

あらゆる稽古人に呼びかけたい。「自分の進んできた道に自信があるのなら、滝によって検証せよ」と。そして、「滝行によって自身の修行を進化させよ」と。

そして進化・深化した自分自身でこの世界に何が出来るのかを試してみたらよい。

滝行はまた、自分自身が進むべき道を拓いてくれもするのだから。

,:★:*!神奈川県 丹沢滝行開催のお知らせ!詳細*:☆

5月30日(土)31日(日)滝行合宿を開催決定!
皆さんのご参加をお待ちしております。
初夏の滝! 楽しみにしてください!

○場所 
神奈川県足柄郡「夕日の滝」その他

○休憩宿 
旅館文覚荘
所在地 : 神奈川県足柄上郡山北町平山1180
電 話 : 0465-75-0233 (FAX兼用)

○集合 
文覚荘13時
翌日日11時ごろ解散。(予定)
  
○実技  
入滝2回、新体道実技3回
     
○参加費   
お問い合わせください

○お申し込み、お問い合わせ 曽根田まで
このメールにご返信いただくか
携帯090-9150-5415
メールshintaidojin*hotomail.co.jp
(*を@に変えて送信してください)

最小催行人数2人。定員9人。

!!!!重要!!!!

滝行初参加で、新体道稽古未経験の方は、新体道・東京西地区新体道連盟の稽古への一回以上のご参加をお願いしております。稽古へのご参加が無い場合、滝行ご参加をお断りすることがあります。予めご了承ください。

なお滝行で使用いたします、足袋、わらじ(入滝時使用の履物)は個人所有とさせていただきます。

ご入用の方は曽根田までご連絡ください。
新品の足袋(3000円)、わらじ(2000円)です。新品をお分けいたしますので、以後は「マイわらじ」「マイ足袋」としてご使用ください。

保険適用の関係上、正しい生年月日、緊急時連絡先が必要となります

【滝行賛歌】~天来の恵・12

次は20代の男性である。前の日の夜、彼には「簡単だが難しい」課題を与えた。

滝行というと、滝に打たれるだけ。と思い込んでいる者が多いが、実はきちんと滝行を深化させるステップといえるものがあり、それに沿えば、心身の解放は起きやすくなる。

かつて、この解放現象のためのステップを、与えられるべきでは無いのに与えられ、その人の精神のあまり好ましいとは思えない部分が肥大化し、言葉は悪いが「年をとったワガママ坊や」が出来上がった例を知っている。

天真流滝行では秘伝・秘密などというものはあまり無いが、やはり慎重にならざるを得ない部分はある。

彼は、それをあっさりクリアしてしまった。

あるタイプの人たちにとって極端に難しいことを…

「滝行でこんなことをして良いのか?」「神聖な滝場でなんてこと」「我々凡俗が踏み入れる世界ではない」

いろんな理屈をつけて我々は飛び出さない。

彼は飛び出した。

飛び出した彼を待つのは、彼以外体験したことのない世界だ、ただただ彼自身の足で進むしかない世界。まずは滝行で彼はそれを実践した。後は実際の社会でいかに行うか? である。

かれは、どう進むのだろうか?

【滝行賛歌】~天来の恵・11

滝行において天真五相の力を知る者は多い。今回「型の力」をまざまざと感じた方の生の声である

~以下本人感想~
初日、大雨の中、今年最初の滝行でした。

滝に入ったとたんに冷たさに打ちのめされ、緊張がなかなかとれません、何回も入り直していると、曽根田先生から「天真五相」をするように、指導を受けました。

滝の裏で「天真五相」をして再び滝にはいると、

なんと、何の冷たさも緊張もうそのようになくなり、なにもかも抜け落ちて、ひたすら滝と一つになることが出来ました。

ほんとうに天真五相をしただけで、こんなにも違うものか、ひたすら驚き感動致しました。

天真五相を編み出した青木先生の偉大さ、天真五相のすごさにひたすら感動、感謝いたします。

2日目、天気は素晴らしいものの滝の水量は増し、飛沫で虹が輝いています。

やはり天真五相をして滝にはいると、とても心が落ち着きます。

まさに心が身体を超越した状態になれたようで、目を閉じてみると、まるで目を開けているようにとても明るい、光の輝きが万華鏡を見ているようにキラキラと輝いて見えました。とても強い幸福感に包まれているようでした。

本当に素晴らしい滝行が出来ました。

青木先生、曽根田先生、同行の皆様に感謝いたします。
どうもありがとうございました。

~以上~

型には力がある。それが真に優れた型であればその力は我々を変える。そして、「場」すらも整えてくれる。

我々はそれを知らなければならない。

【滝行賛歌】~天来の恵・10

一夜明けて、つい感嘆の声を上げてしまった。

朝日が雲間から覗き、天使の梯子と呼ばれる光を大地に降らせていた。天気予報では午前中はまだ雨とのことだったが、天は光を我々にもたらした。

外気温は5度を指していた。この季節にしては外気温が低い。雨のおかげで水量もある。しかし雨は降っていない。絶好のチャンスである。今滝行をしないでいつやるのか?

4月にして、この環境。まさしく天の恵みだった。

顔合わせをして、外へ。天真柔操である。

新体道の稽古はやはり外に限る。意識は果てしなく広がり、深まる。木々や風をこの肉体に感じる時、大自然を意識し、感じることが容易になる。

どこまでも、どこまでも高い空は、新体道の極意を掴みやすくしてくれるように思う。

その極意そのものとなった身体で滝へ向かう。滝行はある種、体で得た極意の検証とも言える作業である。

あらゆる修行者・稽古人にとって滝行は加速装置であり、稽古の度合いを測る計測装置でもあると思う。自らの稽古・修行に自信があるのなら、天真流滝行に来て見たら良い。

観瀑台へついた、水量は昨日より多かった。

滝行の完遂を祈り、儀式を行う。

一番手は、昨日と同じ会社経営のご婦人である。踊るように、滝の芯へ入っていった。多くなった水圧水量の中にあって、女性特有とも言える柔らかさで滝の中にあった。

次は昨日とは順番を入れ替えて、50歳代の男性である。一度滝から出るも、また天真五相。

滝に慣れてゆく、なじんでゆく。

日々の激務さまざまな人間関係、かつての師の死を乗り越え、新たな可能性を求めて彼はいた。既に確立していた、彼の入滝法をいったん横に置き、年齢がはるかに下の私を立てて話を聞いてくれた。

その結果だろうか、天真五相の極意の一端が彼の元に開示され、滝行を進化・深化させた。

【滝行賛歌】~天来の恵・9

観瀑台に上がり、滝を見た。「嗚呼」と思う。

この水量の中に入っていたのだ、全員が入っていた。そして全員が違う体験をし、全員が独特の入滝をした。それで良い。

人はそれぞれに与えられた肉体があり、あれやこれやを強制しすぎると、自由を失う。そして堅苦しさのみが残る。その結果、心は羽をもがれ、自ら飛び立つことを不可能にしてゆく。

滝行は、ひとたび誤った道へ入ると、自縄自縛への道である。

宿へ戻り、濡れた入滝時の着衣を手分けして洗濯機・乾燥機へ。そして、風呂へ。じわじわと身体を温める。

文覚荘の女将のおかげで、ゆったりとできる。

身体は、驚くほど疲れていた。

夕食。ほんとうに気を使ってくれる。細やかな気配りのおかげで、身体の疲れを食事でも癒してくれる。

今回参加されたご婦人は、「食」に関する研究を深くされていて、周囲からも「本を書け」と勧められるほどだ。

ところが、こちらの女将も食に関する勉強熱心さは一方ならぬものがあり、食事をしながら、二人の話を聞く勉強会のようになっていった。

分野はともかく、その道を熱心に研究してきた人の話は本当に楽しく、愉しい。

この「食」に関する話は、夜のミーティングまで続いた。

【滝行賛歌】~天来の恵・8

天真五相

新体道創始者・青木宏之師の人生において、最も独創である。他の武道、ボディーワークの追随を許さないと青木師が自負する、武道の型であり、自己の芸術的表現であり、祈りの型である。

青木師にとって「型」はあらゆる意味において、「栄光」、「天真五相」によってその開発の頂点を見た。

滝行においても、この二つの型は大きな意味を持つ。

この型を行った瞬間、男性は呼吸を落ち着け、滝になじんだ。なぜか? その理由は?

わからない

青木師をして、天より与えられたこの型の不思議は数多くある。ありすぎる。

この不思議をまた見ることが出来た。

程なくして、二人が滝から出ると、私も入滝した。

ずんずん

滝が私の身体を破壊する。破壊されきった時、私はどうなるのだろう?

答えは目の前にあった。

【滝行賛歌】~天来の恵・7

雨脚は強くなっていた、観瀑台で着替えに手間取る、先のご婦人の気配がする。

滝つぼの右側で、何かが動いたそう思った時

ざば

いやな音が鳴った。

落石である。

滝つぼ付近については、前日に下見をしており、大きな落石の可能性が無いことを確認している。

しかし、気を引き締めなければならない。

最後の一人を呼ぶ。私の稽古会にも顔を出し、青木師の瞑想会にも出席している男性である。

力んでいる。

なぜか? 久しぶりの滝行だからか? 雨のせいか?

なじまない。

滝になじまないのだ、滝行経験豊富な彼にとっては、さほど厳しい条件とはいえない。しかし力みが壁となって、滝になじませることを許さない。

「天真五相!」

呼びかけた。

ウン・ア・エ・イ・オ・ウン!

共に叫び。自分をさらけ出し、空間を斬り、入り、抱き、自らを捧げた。

その声の大きさに、先に入っている若者が振り向いた。滝の轟音の中でさえ響く声。

そして、彼は滝と一つになった。

【滝行賛歌】~天来の恵・6

一気に滝に向かう、「老女」のはず…

私の個人的な意見だが…滝の芯に入っている時の姿は、その人の心の年齢が反映される。

ある場所で、若い女性たちの入滝を見た時の、あの奇妙な感覚は忘れられない。

まるで「老女」

だった。年齢から来る若々しさも、滝に入っている時以外のかわいらしさもどこにも無い。あるのは妙な老成した感じだけだった。他の者が、気持ちよいと入る夏の滝を苦しいと言い、助けを求めるように手を泳がせた。木切れを必死に掴んでいた。

しかし、目の前にいるのは、奇妙な妖艶さを薫り高く放つ華である。
魂の年齢に、肉体の年齢は関係が無い。

この言葉を感じさせてくれた。

次の入滝は20歳代の若者であり、起業を控えていると言う。旧知の間柄だが、彼の才には時折舌を巻く。その分、私の彼に対する言葉は厳しくなる。

一気に滝になじんだ、自分の初めての入滝を思い出してしまった。力みかえって滝と戦う醜さ。

それと比べて彼の入滝の美しさはどうだ? 

力まないと言うことの美しさは、言葉には変えることは出来ない。この時、私は彼に課題を与えることを思った。と言うより、与えられた。

「彼にこの課題を与えよ」

言われた気がしたのだ。勘違いかもしれない。思い込みかも知れない。しかし、それで彼の「解放」が進むのならそれで良いではないか。

【滝行賛歌】~天来の恵・5

滝行…この一見特殊な行を好む人の仕事にはある特徴がある。特に天真流滝行ではこの傾向が顕著だ。

それは「忙しいこと」。

天真流滝行に参加された方のリストを今一度見返してみると、会社の社長、重役、管理職といったポストについているケースが多い。

その答えは、仕事にある。

滝行を行った後は、非常に仕事がはかどるからだ、自分の精神が本当に素早く動き仕事を推し進める。その成果は利益として直接はね返って来る。

もちろん「副作用」が無いわけではない。精神活動が活発になり、仕事の先が読める。そのため同僚・部下のしていることの遅さが目に付くようになる。周囲を低く評価してしまう。

自分が、この社会で生きてゆくためにも、滝行を行う者には周囲への思いやり・愛が求められるゆえんである。

もっとも、天真流滝行により自己の肉体とそれに連なる、大いなる母性、父性、自性に気づいた者は、周囲の人々への感謝、大自然への感謝に満たされされるので、心配は無用だが…

俗世の出来事である仕事と、滝行を結びつけて話をすることを嫌う者が時にいるが、現代に生きる我々にとっては、仕事は大いなる修行であり、その対価は天の恵みであると私は考える。だからこの「仕事」をはかどらせる滝行は、現代人に本当に必要なものだと思う。

癒しを求めて休暇をとることも重要だが、人生修行の場となっている仕事をはかどらせ、その中で自己を実現することも我々にとって必要なのではないか?

今回参加された、会社経営者の女性は、私主催の滝行によく参加してくれるが、このことをはっきりと自覚している。

年齢は70歳を超えている。

「リタイヤして、余生を愉しむ」という生活に入っても良い年齢ではあるが、現役である。

食事に気をつけ、身体を鍛え、滝行も行う。

彼女は、仕事で自己を実現し、その利益を還元している。

雨が降り続き、外気温は当日の最低気温を指し、水量はこの季節としては膨大となった滝に、彼女は自らを投じる。そこに迷いは無かった。

【滝行賛歌】~天来の恵・4

参加者が集まってきた。

宿泊地である文覚荘には世話になりっぱなしだ。こちらの無くなったご主人は、滝の番人とも呼べる方だった。滝行自体はあまりされなかったようだが、新体道創始者・青木宏之師との交流も深かった。

現在はその跡を、奥様が女将として守っている。

開会式会場に、青木師の書が掛けてあるなどの心遣いが大変にありがたい。

今回は参加者も3人であり、また3人とも以前の滝行に参加されている。そのゆえに、格式ばった心遣いも必要なく、自然に滝行へと向かうことが出来る。

挨拶もそこそこに、諸注意と滝の状況の伝達を行う。

とにかく足元に気をつけるように伝え、天真柔操へと入った。室内で行わざるを得ないため、大きく動くと言うよりは、意識の拡大と共に身体を柔軟にすることを念頭に置き、柔軟体操に時間を掛けた。

しばしの瞑目の後。滝へ。

足元に気を配り、危険を回避して雨の中進む。

雨が降ったことは、イベントとしては厳しいが、滝「行」としてはこの上ない恵であることを、今回の滝行を通じて、何より滝先導を行う者にとってこの上ない天来の恵であることを痛切に知った。

天の配剤なのだろうか?

一見「何かの試し」に見える状況に大いなる光があることを、身体で悟らされた滝行だった、、、

それが、これから始まる。

【滝行賛歌】~天来の恵・3

25日となった。

休憩宿となる文覚荘へ。参加する皆よりかなり早く現地入りする。当日の下見のためだ。

天候は雨。

このところ晴天が続いていたこともあり、肌寒く感じる。

気温計は7度を指していた。当日の最低気温だったようだ。雨が降っていることもあって、水量が増えていることが予想された。

期待感が膨らむ。気温・水温が低いことと、そこそこの水量があることが、天真流滝行においては重要だからだ。

期待は裏切られることは無かった。

ただ、雨が降っていることによる、滝行後の手間や危険を充分に鑑みる必要がある。そのため滝つぼ、途中経路、着替え場所などなどを確認した。

文覚荘へ戻り、参加者を待つ。今回は3人。会社経営の女性。起業を目前とした若者。ジャーナリスト。

三人が三人とも、非常に個性的であり、経歴も稀有な物をもっている。明らかに今回の滝行に「呼ばれた」人たちだった。

【滝行賛歌】~天来の恵・2

ここ数日は、非常に暖かだった。その故だろうか、滝へ向かう階段には水にぬれた足跡があり、滝行者達の行の跡が見て取れた。

この滝は、記録に残らないほどの過去から行場として使われており、いまだ真剣な修行者によって掃き清められている。

ここで修行をした人物としては、平清盛などと同時代を生きた文覚上人がいる。

多くの修行者達が命を落とす滝行。

指導者につかず自分勝手に行う者、指導者の指導に耳を傾けぬ者も多く、時に深刻な事態を引き起こす。

かの文覚上人も滝行の最中、水に流され下流で村人に発見されたという。

慎重に歩を進める。

観瀑台に着くと滝に向かい礼拝。儀式。たった一人ではあるが、儀式を行った。

そして滝つぼへ。自分を守る盾も鎧も脱ぎ捨てて。

この肉体は、天与の衣類である。滝行に際し他に何が必要なのか?

久しぶりの滝行。水冷たさを感じる。

滝の芯へ。

一度滝から出る。そしてもう一度。体がゆるみ、解体されて行く。軽くまぶたを閉じた。

幻想が立ち顕われた。

光の矢が向かってくる。無数の矢が、ある一点から向かってくる。別な表現をすれば、まるで夜の高速道路に一人立ち、自分に向かって来ては、後ろへ流れて行くヘッドライトを見ているようだ。

光源の一点を凝視するとそこに、まだ蕾の蓮の花を持った仏尊像が顕われた。そしてさらに凝視すると仏の足元から龍が現れ、体をくねらせ天へ上ると同時に、仏も消えてしまった。

全て、滝の中での幻影である。

この幻影を見た時、言語化されない数々の情報があった。この情報が意味あるものなら、縁ある人にはいつか話す事もあるだろう。

いずれにせよ、幻影である。

滝から出た。少々入り過ぎてしまったようだった。

【滝行賛歌】~天来の恵・1

2009年4月25日、26日は丹沢において滝行だった。

流儀は天真流自由滝行。

新体道創始者・青木宏之師が道を拓き、今、私もその道を踏襲する。

この流儀の特徴は、青木師が日本屈指の武道家であると同時に、自分自身に対し「いかに人の能力・霊性を効率的に開発するか? そのためのシステムをいかに開発するか?」という命題を課しているためだろう、だから

激しい

しかし、一見した激しさと裏腹に、そのシステムは弱きも、強きも問わず、その真個性を発揮させ、その個性を覆う埃を払う。

過去連綿と各流儀によって受け継がれた儀式の意味を暴き、解体し、現代の「ことば」に翻訳し、再構築された天真流滝行のシステムはあっけなくもある。

ゆえに多くの者が、天真流滝行を名乗り、システム全部、また一部を使う。しかし、残念ながら、そのシステム一つ一つに含まれた「記号」を解読する能力を持たないものがどれだけ猿真似しようが…

今回の滝行に先立ち、私は下見を行った。

今回行場として入らせていただく滝は、壁面の崩落が始まっていて、場合によっては危険回避のため、中止もやむおえないからだ。

新体道の出張指導があったこの日、長くなったとは言え日も傾き始めた時刻、私は滝場に踏み入った。
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Author:新体道人
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※新体道とは
武道家・青木宏之によって創始された、真の人間性復興、天地人と自分との一体の境地を獲得するための、武道を超えた、新時代の武道。

★※*…~…*※☆
今年は変革の年なんだそうですねぇ。そう言った波の一つなのかtwitterが大流行! 英語に継いで日本語でのつぶやきが2番目に多いんだそうですよ!

そんなことで、私も初めてみました!

主に、創始者・青木宏之の著書からの抜粋です。武道・体技・滝行・瞑想を深める意味深い言葉が多くありますよ!
(関係ないことも時々つぶやいたりしますが…)

・http://twitter.com/shintaidojin

Follow me!!

●月曜日(新体道武道クラス)
18時~19時(子供クラス)
19時~20時45分(大人クラス)
三鷹・沙羅舎地下 舞遊空間三鷹市下連雀3-1-24
指導・号令 曽根田敦志



●木曜日(健康体操・杖術・剣術クラス)
18時~19時(子供クラス)←新規開講 !!
19時~20時45分(大人クラス)
国立・東地域防災センター国立市東1-13-13
指導・号令 曽根田敦志

※月曜日・木曜日指定の月謝会員の皆様へ。
会場都合、主催者都合でお休みとなった場合、月曜日、木曜日への振り替えが可能です。どうぞお問い合わせください。 

●号令者 
曽根田敦志(新体道正指導員・新体道空手弐段・新体道棒術弐段・高齢者向け新体道講師)
曽根田圭子(新体道正指導員・新体道一般科講師)

●稽古は年齢、性別、経験の有無を問わず誰でも参加できます。
健康法・能力開発に最適です。
天真柔操、心身開発体操、杖体操、栄光、天真五相、瞑想組手、空手などを稽古しています。

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