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【仙川稽古会】ウン! ア!

日曜日は仙川稽古会です。
今回の稽古は「ウン!」 そして「ア!」の感じを掴んでいただくための稽古をやりました。
「新体道はウンとアのみである」

こんな言い方をすることがあります。

ウンはどこまでも深く静まり、無へ帰って行くこと。
アはどこまでも広がり、突き抜け、空へ入って行くこと。

無と空? まあ難しいことは学者さんにまかせておいて、ごく簡単に言うと「新体道は全てが根本ではひとつ」だって言うことをまず、体技を通じて学びます。。それが「ウン」と「ア」なんですね。

深く静まる、精神の内奥から無に向かう稽古の代表格は
「瞑想ジャンプ」 まずこれを行い足腰を活性化すると「深み」を体験します。強度を調節すれば、腰をほぐす体操にもなるので、デスクワークが中心の人、腰が疲れている人にはお勧めです。

ジャンプの激しさと瞑想の静けさを併せ持った稽古です。
体と心を大きく広げ、全てを突き抜け、この空間と一体となる稽古の代表格は
「大気舞」
瞑想ジャンプで深いウンの世界を探検したら、大空に広がり大いなるものとの一体感を感じていただきます。これは強度を調節すると背筋、背骨、肩、首をほぐし整える体操になるもので、子どもさんを相手にしている方や細かい作業をしている方、また小さいことを気にしすぎてしまう方にもお勧めです。

全身の統一感と解放感を、とても素早く感じることが出来る稽古です。
ウンの世界とアの世界を体感したら、今度は自分の肉体をゼロにしてゆく稽古、しかも組み手を行います。代表格は
「瞑想組み手ワカメ体操」
目一杯ほぐしていただきます。
普通のワカメ体操から、高速のワカメ体操へ。

ほぐれて、ほぐれて、ほぐれきったら

天真五相!!
ほぐれた体で行うと、型の命とダイレクトに一体化できるのです。
~稽古内容~
天真柔操 
親和体操2対1
瞑想ジャンプ
大気舞
大気舞組み手
瞑想組み手ワカメ体操
  同上(高速)
天真五相
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【出張指導】わかめ体操しませんか?

11月24日、私は神奈川県の足柄郡山北町に出張指導に行ってきました。

もともとのご縁は、滝行でお世話になっている山北町の皆さんが

「新体道って何?」
と興味を持ってくださったのがきっかけでした。少しづつ話が進み、今月、体験稽古会実現のはこびとなりました。

会場の手配から、人集めまで皆さんで声を掛け合ってくださいました。本当にありがたいことです。

テーマは「わかめ体操」

皆で楽しく出来る体操を探していたとの事でした。集まってくださったのは、下は4歳から、上は85歳とみごとに様々な年代の皆さんが15人ほど。

とにかく、天真柔操の中から、普段日常で出来る体操をご紹介しつつ進めました。

まずは体ゆらし、足腰に自信がある方はジャンプです。やりたい方をやっていただきます。

次に手をこすり、その手で隣の人の背中をこすります。なぜかこのときみんな走り出しちゃいます。グルグル輪を描きながら。

体を開く「開放系の体操」をすると「ぱっ」と会場が明るくなります。
緩めて柔らかく動く「養気系の体操」をすると空気が「ふぁ」っと和らぎます。
元気さが大事な体操は、おチビさんたちにお手本になってもらいながら体操をすすめます。
柔らかさが大事な体操は、「妙齢のお嬢さん」たちにお手本になってもらいながら体操をすすめます。

天真柔操が終わると、二人一組で行う親和体操です。3種類ご紹介して、やりたいものをやっていただきます。この時おチビさんたちと組んだ方は、自分の背中で、子どもが全部まかせ切って静かにしていることにビックリしていました。

天真柔操の後は本稽古です。

まずは自由に動く一人ワカメです。普段は仕事に、家庭にと忙しく、わがままなんて言えませんから、このときばかりは「わがままに、わがままに」動いていただきました。
そして二人一組の「わかめ体操」です。

「まるでよっぱらいだ」と声が聞こえます。
「そう! その通り! 酔っ払いのマネをして見ましょう! こんなこと外でやったらつかまっちゃいます。ここでしか出来ません。思いっきりバカになってやっちゃいましょう」と答えます。

なんだか、会場の雰囲気がお祭りみたいになってきます。
次に2対1のわかめ体操です。テンションが上がってきます。全体が盛り上がってきたところで、周りの人を手当たり次第に押してもらって
「集団わかめ体操」です。もうこの頃になるとみなさん、子どもみたいに、追いかけっこをしたり、転がったり、大笑いです。皆さん本当に楽しんでいます。

盛り上がってきたのですが、時間となってしまいました。最後に「栄光(正)大上段斬りこみ」を稽古して終わりました。

稽古後の懇親会で、皆さん「楽しかった。スッキリした」と感想を言ってくださいました。またチャンスをつくってやりましょう! とも声を掛けていただきました。本当に、本当に素晴らしい体験稽古会となりました。

~稽古内容~
天真柔操
一人ワカメ体操
瞑想組み手ワカメ体操
同上 2対1
集団ワカメ
栄光(正)大上段斬りこみ

【滝行賛歌】~時空・7

夜のイベントも終わりに近づいてきたので、全員で瞑想を行う。

集団で瞑想を行う場合、円を作ったり、列を作ったりすることが多い。これは、整然としていると参加者の集中が深まりやすいことなど、ある特定の陣形は人を瞑想状態に導きやすいということがあるためだ。

だが、それでは常に同じ回答しか出てこない。確かに深まりはするし、よい瞑想状態をつくり安いのだが、反面、集団での瞑想のような精神にダイレクトに働きかける稽古では、条件を指導者が整えすぎると「奴隷」を作り出してしまう可能性が大きくなる。やり方を充分に吟味すべきだと思う。

そこで、今回は2回、3回と参加してくれている方がいることもあるので、「自分のやりたい」動きで自由に動き、「自分の好きな」方を向き座って瞑想に入っていただいた。要は好きな様にバラバラに! である。

無相の瞑想

ただ、静まって行く。

瞑想が終わる頃、一人の女性が入って来た。毎回参加してくださる、会社を経営している方だ。今回は二日目のみの参加である。

ひとしきり話をし、当日のみ参加の男性を駅まで送る為に車の用意をする。車に乗り込み駅まで、この車の中での話も興味深かった。この男性は、武術を研究してきた方で、肉体全般に関して様々な体験と知識を持っている。今回「腰」に関して非常に興味深いお話を聞けた。

「お世話をさせていただく」という言い方をし、「奉仕は最大の特権」などという言い方をすることがあるが、単に送り迎えをする程度でも実際色々得るところがあり、今後の稽古のあり方にも影響を与える。これは凄いことなのだ。
宿に帰ると、先の女性がいろいろなお話をしていた。最近インドに行って来たとのことで、興味深かった。

翌日も早い。いつもより早い就寝時間ではあるが、布団を用意し横になった。

すると、一つ隔てて向こうのふとんで音がする。どうやら眠れないようだ。今回初参加の方が眠れないでいる。声は掛けない、こういうときに外界からの刺激があると、余計に目が覚めてしまい眠れなくなるからだ。滝行のときなど、意識の解放が始まった時は、精神の活動が肉体の活動を凌駕することがよくある。

時は過ぎ、朝がやってきた。身支度を整え、外へ。天真柔操である。

はじめは寒く感じられた外気にもどんどん慣れて行く。気持ちを整え、滝場へ。入滝である。

焚き火に火をつけ、あら塩で身を清め、儀式へと入る。

最初の入滝は、今回のみ参加の女性である。いつもながら一直線に滝に入って行く。ご自身の人生のように。入滝後しばらく経つと、いつもと様子が少し違う。気持ちよさそうではあるが、何かが違う。

後で聞いてわかったが、この時彼女は「これまでに無い幸福」を感じていたという。いままでスッキリした! と思うことはあっても、これほどの幸福感は感じたことが無かったという。
この幸福感は空間を超えて、私たちに伝播したのだ。これは次の入滝者によって証明される形で顕現するのである。

【滝行賛歌】~時空・6

滝行を終えるための儀式を行い、観瀑台へ。皆の柔らかな雰囲気を感じる。

あたたかな飲み物を口にすると、食道から内蔵まで形を感じ取ることが出来そうだ。

場を片付け、宿へ戻る。文覚荘へ。とにかく風呂へ。冬の滝行のあとは脳が活性化されているのか、たいてい皆さんおしゃべりになる。おかげで長湯になるのだが、冬の滝行では過剰なくらい風呂に入った方が良い。体に冷えを残してはならない。

この風呂の時間は私に取って、本当に「役得」の時間となる。様々な分野の様々な話を聞くことができる。滝行を主催する楽しみの一つだ。


じっくり2時間近く風呂につかり、そして休憩、食事。今回は鍋だった。滝行の後は体の芯から暖まるような食事をしなければならない。この点文覚荘の食事は申し分無い。滝行に理解のある宿は本当にありがたいものだ。

食事のときもおしゃべりは止まらない。これは脳が頭にある情報を整理しようとしているため、こういったときのおしゃべりは止めてはいけない。脳が情報ネットワークの再構築をしているのだ。

滝行での非常に面白い実験があった。正確なデータが手元に無いためはっきりと言えないが、滝行をしたあと短歌・川柳・俳句を作る実験をしたことがある。このとき、詩を作るにあたってはまったくの素人達が、数分間に数百という数の歌を作ってしまった。

常識的には、一首ひねり出すだけでもうならなければならないのに…

その他、外国語の習得速度が速まったなどの報告も聞いたことがある。能力に関して言えば「言語」に関連する部分は活性化・開発されることは間違いがないようだ。

食事を終え、一休み。その後二人一組になって疲れた体をほぐし合っていただく。その指示を出しつつ、新体道/天真流滝行における体系上のお話をさせていただく。普段の稽古なら絶対に話さないようなこともお話する。私の脳も舌も活性化されているようだった…

【くにたち稽古会】大妙第二部


木曜日はくにたち稽古会です。

新体道には「大妙」という型があります。3部構成でして、1部はエネルギー獲得法。2部は能力開発法。3部が瞑想法です。

現代人の体に必要なこと。それは、緩めること。力を抜くことなんです。手足を気ままに動かしたり、伸びをしたり、そうすることで現代人の能力の開花に蓋をしている「力み」を取り除いてくれます。

さて、現代人にとって能力開発とは何でしょう? 記憶力が良いこと? 計算が速いこと? 情報処理能力が高いこと? 確かにこれらのことはすぐ役に立つ「能力」として、「あるとべんり」ではありますが、果たしてどうでしょう? 記憶力がすばらしくても、計算が速くても、「生きづらいな」と感じている人は意外と多いもの。

生きづらさの原因は様々ですが、私は現代人が感じる生きづらさの理由の一つに「生きる基本的能力の低下」があると思うのです。基本的な筋力の低下はもとより、バランス感覚、リラックスして動くこと、などなど…。言ってみれば「野生として生きる能力」が低下していると思うのです。

抽象概念や、計算、記憶、情報処理などの能力なんですが実は江戸時代とか、もっと以前の人たちに比べて、現代人の私たちの方が優れているのです。でも、代わりに退化したものがあります。

これを思い出させてくれるのが、新体道なんです。そしてその新体道の中でもこの大妙は都市に生きる我々が眠らせてしまった能力を呼び覚まし、生きやすさを取り戻させてくれると思います。

そんな大妙この第二部を、今回の稽古では分解しつつ行いました。この大妙第二部、型ではありますが、決まりきった動きと言う訳ではありません。

縦横自在に腕を振ったり、大空を斬ったり、柔らかくフラダンスのように腰を動かしたり、普段の生活で固まっている、筋肉と関節を柔らかくしてくれます。

そして、最後にその動きをまとめあげると大妙第二部が出来上がるのですが、大妙第二部を行った後の瞑想はとても深くなるのです。なぜか? 体は心と、魂とつながっているからなんですね。

~稽古内容~
天真柔操
天真整体
タッチング(手をつないで)
集団わかめ(手をつないで)
基本立ちジャンプ
自由にほぐす
一人わかめ
両腕振り下ろし
大気舞
両腕まわし
無相拳
無相拳
四肢振り
腰回し(大きく)
無相蹴
大妙第二部
無相位瞑想
二人組ほぐし

【デイサ-ビス新体道】楽しみ方それぞれ

今日のお昼はデイサービスで新体道でした。

このデイサービス新体道では、毎回強調することがいくつかあります。
それは

「疲れたら休む、新体道は自由なんです。自由に楽しんで、やりたいことをやりたい回数だけやってくださいね」
そして更に、お説教もしちゃいます。まあ、怒ったりはしませんけどね。

このデイサービス新体道ですが、本当に皆さんいろんな参加の仕方をしてくださいます。中には私のお説教が良いと思って下さる方もいるようで…

自分の体操にしか興味の無い人もいれば、私のお腹めがけて「正拳突き」をするのを楽しみにしている方もいたり、私がぴょんぴょん飛び跳ねるのを楽しみにしている方もいたり、体操を見るのが好きと言う方もいたり、本当にさまざまで、できるだけその全部の期待にこたえるためには一瞬たりとも気が抜けません。
また、始終あまり楽しそうでもない方が、実は一番のファンだったりして、そんな方から「いつも楽しみにしてるんです」なんて言葉をいただいたりします。

ですから、私は皆さんに言うのです。

「新体道は自由なんです。自由に楽しんで、やりたいことをやりたい回数だけやってくださいね。たのしいこと、おもしろいな~と思うことをやることが、健康、長寿の秘訣です」って
~稽古内容~
体上下
体ゆらし
体開き
手こすり
手首振り
片腕回し
両腕回し
青空体操
首柔軟
胸開き 柔らかく→気合→舌をだして
前後屈
ねじり
中段本突き
上段突き
大上段突き上げ
膝抱え込み
前蹴り
双蹴り
天真五相

【滝行賛歌】~時空・5

全員の入滝を見届け、私の入滝である。

体はもう、滝に同調している。

私は滝を恐れて、怖れて、畏れている。いつになってもこの感覚は消えないのかもしれない。それでも良いと思う。
右手が滝の落水に入る、そして右肩、頭に水がかかり始め、全身に衝撃が走る。座れる場所を見つけ出し、座る。

足は冷水の中だ、体中がミシミシと音を立てるようだ。

呼吸が荒くなる。4人分の先導をしている為、体は冷え切っていた。それにもかかわらず、水の冷たさが、体の芯に入り込んでくるのがわかる。

雪が降り積もる時、擬音として「シンシンと降り積もる」と表現するが、そんな感じだ、「シンシンと冷えが体の芯に、頭の芯に迫ってくる」この時を待っていた。この感じが来る時、必ずあらわれてくるビジョン。

深遠、漆黒の闇、無の象徴

足元に現れるこのビジョンに、入り込むことができれば私は「無」に帰一するのかもしれない。

世界にあまた広がる神話・世界観がある。「この世界は原初の無から流出し、やがてたそがれの時を過ぎると、この原初の無に帰る」のだという。

私が見ているそれは「原初の無」なのか… 以前は飛び込もうとした。しかし、飛び込もうとすればするほど、「それ」は遠くなる。訪れを待たなければならないのかもしれない。訪れは、音連れ。それはかつて滝行のときに、そして星空の元一人、栄光(大)を行った時にやってきた。無の音を連れて。

しかし今回もまた、帰一には至らなかった。

彼(か)のところへ渡らなければならない、しかし同時に待たなければならない。

滝から出た、体力を充分に残し、皆さんに迷惑をかけぬように。

観瀑台に上がると、皆さんが笑顔で迎えてくれた。本当にありがたい。人のぬくもりを感じる時。焚き火に当たり、自分の入滝時間が10分程度だったことを知り、驚いた、もっと長く入っていたのだと思っていた。

いずれにせよ、何かが私の中で変わっていた。特に、時間と、空間と、現象に関する認識が…

【滝行賛歌】~時空・4

そして、今回の滝行最後の参加者となった。この方は8月以降毎月参加されている。先月参加した滝行以降、心~体の変化のさなかにいる。

落ち着いている。滝へ。この瞬間、何かが光った。何が光ったのかはわからない。 体を叩く衝撃。そして冷たさ。彼がこれまで経験してきたのとは違う種類の、「衝撃」。ここで、一度彼は水量の少ないところに出た。

ここで2分強。

呼吸を整え、もう一度。衝撃に声が出る。腕が動く。すこし動きが安定する。

ここで5分ほど。

出てきたところで声を掛けもう一度入滝していただく。
さらにしばらく滝の芯にいた彼の姿勢が全く違っていた、滝から出てきた。表情がまるで違う。

「滝に慣れる為に出入りを繰り返す」これは無理なく滝行を行う、秘訣のようなものである。期せずして、冬の滝は彼にこの作業を無意識のうちにさせていたのだ。

このときのご本人の感想をブログにアップしてくれているので引用する。

~以下引用~
先月の滝行で始めて゛冷たさ゛の脅威とでも言うものを感じたが、さらに気温水温共に下がっているだろう滝行を前にしても、不思議と気分は淡々としていて先月の様なへんな緊張感と言うものはなかった。

足に感じた川の水の温度が思っていた以上に冷たかったため、途端に先月、冷たさに打ちひしがれた感覚が戻って来た。
焦って入っても先月の二の舞いだと思ってはいたので、中心の手前で充分身体を慣らして入ったつもりだったが、先月同様アッと言う間に身体が滝から逃げ出してしまった。

一旦、滝から出て仕切り直しし再度入滝する。
一回目よりは時間的には長く入っていた様だが、感覚的には一回目と余り変化なく、やはり身体が「冷たい、冷たい、冷たい」と滝から逃げてしまった。

二回目に滝から出た後、先導者さんにしがみつく様にして岩の上に居で動けないでいるとしばらくして、身体の感覚がスーッと無くなる様なもしくは逆に心身がとても統一されたような壮快感を感じた。
その為か滝に対して少し後ろ髪引かれる感じがした
と同時に「もう一度、入滝しますか?」と促されたので三回目の入滝を試みた。

しかし、結果は同じというか、やはり身体が「冷たい、冷たい、冷たい」と滝から出てしまった。
自分では「冷たさに弱いなぁ」と何か情けない感じすらしたのだが、後で聞いてみると本人の思っているより滝の中に入っていたようだった。

「今日の入滝姿は良かったですよ!」と声を掛けられたのだがどうにも実感と言うものがない。

記憶がトンでいると言う訳でもないのだけれど、日頃お得意の“身体感覚”やらなにやらふっ飛んだ状態で、ただただ「冷たい」だったので今までの滝行の時ほど何かしらの記憶というものがない感じなのだ。
ただ、滝から出た後はその冷たさからの解放のお陰かとは思うが、上にも記した爽快感と言うか幸福感の様なモノは感じてはいたのだが。

そんな中で、もう一つ強く実感したことがあった。
それは文字通りの意味での我が身の厚みつまり“身幅゛であった。
これは滝に入った瞬間に身体の表面から芯まで冷気が伝達する時間差で感じたのだと思うけれど、体表に冷たい水が当たり、その温度が皮膚から血液、筋肉から骨を伝わり、身体の芯へ浸透する時間経過で身体の立体的な厚みを感じたのだった。
手足は先に冷えていたので主に感じたのは後頭部から胸、背筋へ掛けての上半身であった。

以前、通ったことのある流儀の稽古では「身体構造の把握」と言うことが良く言われていたが、今回それとは全く違う方向から「身体構造の把握」を迫られた…と言うか“頭で考える間もなく”嫌でも分からされた感じがあった。
一夜明けてみて「自分は稽古に何を求めていたんだろう」と言うところまで考えてしまったが(だからと言って落ち込んでいるとかそういうことではないのだが)結局その時必要だと感じることを持続する他に今は仕方ないようだ

ちなみに私は今回も日帰りであったが滝行の後は滝行参加者の方々との日記には話せない様な面白業界裏話?それらにも増して格別な文覚荘の夕ご飯、夜のミニワークショップとたっぷり堪能することが出来た。
それにしても滝行とは面白いものである。
武術に限らず様々な分野の稽古者や取り組むことがなくともただ“我が身、我が本心”を知りたいと言う人にも“何度か”経験を薦めたい行である。

~以上感想文より~

【滝行賛歌】~時空・3

天真柔操が終わり、滝へ。

私たちが、滝へつこうとする時だ、単独で滝行をしている方がやってきた。

私たちの滝行、天真流自由滝行では、もし他流儀の滝行・水行をされる方がいた場合、可能な限り先方を優先する。今回の場合特に我々のほうが人数が多いのだから、なおの事だった。
こうして滝場の雰囲気を壊さないように、お互いに気持ちよく滝行をするべきだ。出来るだけ、先に入っている方の邪魔にならないように静かに待つ。

待っている間に持ってきた薪に火をつける。

これからの季節、焚き火はとても重要になる。手先足先の感覚を、可能な限り早く回復させ、また可能な限り体温を回復させる為だ。また、入滝の順番を待つときに体を必要以上に冷やさない為でもある。

そうこうするうち、先に入滝していた方が出てきた。挨拶を交わし、儀式へと入る。先方を優先する。たったそれだけのことで、始まりが爽やかな感じになる。道徳だの倫理だのと言うが、これらは私たちが気持ちよく生活してゆく為の知恵のようなものだ。


最初の入滝は妻である。彼女は二ヶ月ぶりの滝行、晩秋~冬の本格的な滝行については3年ぶりだった。一度入りなおし、芯へ。彼女にしては短い時間で滝から出てきた。

この日実は彼女の体調は思わしくなかった、そこを私があえて入らせたと言ってもよかった。彼女の通る安全な経路を、皆さんに辿ってもらいたかったからだ。この思惑は功を奏し、彼女の通ったとおりの入滝手順で皆さん滝へと向かっていった

「短い」本人も、周囲も、あまつさえ私さえもそう思った。しかし、後でよく考えてみると、彼女の入滝は決して短い時間ではなかった。全員の時間感覚がなにか変化をきたしていた。何より帰宅してからの異様な第六感の冴えは、滝行が効果という点で充分なものだったことを証明してくれた。

そして、今回参加二回目の方である。野口整体の流れを汲むある団体で滝行をされてきていた方だ。非常に美しい入滝姿が印象的である。

次に、他流の武道をされてきた方で滝行初参加となる方。

お二人とも、「初日は挨拶程度に」という私の説明を聞いてくださったのか、割とあっさり滝行を終えてでてきた、はずだった… 晩秋~冬の滝行のマジックが我々を欺いていた… 決して短くは無かったのだ!
私は、皆さんの入滝中、結界を強めるという意味もあって、般若心経を唱える。これが私の場合、約2分強かかる。これから時間を逆算することが出来る。

お二人とも、「せいぜい30秒」と自分の入滝時間を評価していたが、その実は普通なら「入りすぎ」といえるほどだった。この奇妙な感覚の原因はなんなのだろう

【ほびっとむら】開き、まわる。まわり、開く。

水曜日はほびっと村稽古会です。
ほびっと村稽古会では、今回はなんと「回し蹴り」の稽古をしました。

ほびっと村の様子や、稽古内容をご存じの方は「やれるのか? 出来るのか?」と思われるかもしれません。でもやります! だって効果的ですから!
長らく、ほびっと村ではボディーワークや瞑想が主体でした。「武技そのもの」なんて稽古しません。あんまり武道を前面にだすと

「それがしは武道家でござる!!」

って、しかめつらしい、もっともらしい顔しないといけないんで、私もちょっと苦手なんですねぇ。第一、世の中私より強い人なんていっぱいいるじゃあないですか。あらそいごとは苦手です。

本当の武道は強いだの、それらしいだのっていうのとは「関係ない」はずなんですが…

ところで新体道の回し蹴りなんですが、ちょっと独特です。型を見ただけでは、「あんなの役に立たない!」と批判されてしまいます。

でも、稽古の段階を理解してくださる方は納得してくれるのが、この回し蹴り。要は、稽古の一部分だけを取り上げて「あれこれ」いう人には決して理解できないのが、この「回し蹴り」なんです。

体幹の使い方、体の開き、腰の柔らかさを作り、結果として「心身を開く」ことにとても効果があります。

コツは、ズーッと昔「ど根性ガエル」って漫画・アニメがありましたけれど、あの「ぴょんきち」が腰の中でぴょんぴょん動いていると思えばいいんです。

わかります? わからなかったら稽古場へどうぞ!

~稽古内容~
天真柔操
瞑想ジャンプ
基本立ちジャンプ
一人ワカメ(外界の音・光に反応して)
一人ワカメ(単球体の意識で)
長座尻歩き
膝行
半身半立ち膝開き上げ(回し蹴りの要領で)
単球体歩き
回し蹴り
天真五相
無相位瞑想
二人組みマッサージ(下半身のみ)

【滝行賛歌】~時空・2

時間には、主観的な時間とそうでない時間がある。何かに集中したとき、自分が思っているより、はるかに速かったり、ゆっくりだったりする。滝行ではよくこの主観的な時間が変化する。もちろん日常でも無いではないが、滝行ではそのギャップの大きさに戸惑うことが多い。
今回の滝行では、全員にこれが起こった。手始めは、私自身に起きた。

下見が終わり、近所の町営銭湯へ。ゆったりと肩まで浸かる。とにかく滝から出た後は温めなければならない。一息ついた次の瞬間から、記憶が無い。強い集中で入滝した為だろう、体だろうか? 頭だろうか? 疲労していたのだろう、風呂に入りながら一気に眠った。

目が覚めた時、非常に視界がクリアだった。

そして改めて文覚荘へ。

会場となる部屋で用意を始める。そうするうちに参加者の皆さんが集まり始める。初日参加は妻を含め4名。資料を用意する。この中には誓約書も含まれている。滝行は大自然の中で行われる。当然様々な出来事が予想される。当然「事故」もだ。

私が主催する滝行では、いわゆる掛け捨ての保険をかけている。もちろん保険の適用範囲というのも限られていて、とてもではないが完璧とはいかない。しかし、何か会を主催する者であれば、これは絶対必須、義務であろうと、私は考えている。

ときおり、非常に安い値段で人を呼び、滝行を行うグループがあり、こういったグループの滝行に慣れた人から「お宅は値段が高い」とクレームがつくことがあるが、保険、宿、そのほか必要経費を考えたならある一定以下の値段にはなりえない。


滝行という、言ってみれば究極の行をポジティブな体験とすることに、手間を惜しんではならない。なにより、命と引き換えにできるものなどありはしない。

初日参加者が全員集まったところで、開会式である。自己紹介をしていただく。こういった会をすることの最大の「役得」は様々な分野、様々な才能の人物と出会うことができるということだ。

今回も初参加の方を含めて、すばらしい才能を技量、経験を持つ方が集まった。

説明会をかねつつ、皆さんの様子を伺い、体調を把握する。

そして、天真柔操へ。天真柔操は体操でありながら、その精神に働きかけるところが大きい。これには、ある特定の方法を行うのだが、行う人それぞれのリズム、流れを大切にしながらも、ある一定の方向性を精神につくりだす。時間感覚、空間把握といった認識の変容を手助けする。しかし、だからと言って人を「奴隷化」することは無い。びっくりするほどの細かなテクニックの集合体である。

そして滝場へ、観瀑台から見る滝の水量は、8月~10月とは比べ物のならないくらいに少ない。前回までは、滝に2~3人と一気に入れたが、今回は1人が限界である。

滝つぼ付近の外気温10度、水温6度弱であった。

【滝行賛歌】~時空・1

11月22~23日まで神奈川県の丹沢で滝行合宿を開催した。参加者は私と妻を含めて総計6名。

11月に入った、私に限らず滝行を行う者にとって、畏怖とともに待ち焦がれた時期にはいってきた。滝行は気温が低く、水温が低いほうが効果が高い。もちろん、それぞれの人にとっての「滝行適温」というべきものががあって、「誰も彼も冬の滝行をすべきだ」なんてことは思わない。

そもそも、人間はやりたいことをやれば良い。滝行をしたいのであれば、すれば良い。したくないのであれば、しなければ良いだけだ。

私は冬も滝行をしたい。だから、やる。そして、効果があると思うから、人にも勧める。それだけだ。
今回は寒波の訪れが昨年より早いらしい。心がおどる。現に、富士山の山頂付近の雪が去年より多いように見える。

今回も、宿泊宿「文覚荘」に13時集合とした。皆が集まる前に滝の状態、観瀑台までの道のり、滝つぼの状態を確認しておかなければならない。滝行では安全確認が全ての鍵を握ると言っても良い。

妻とともに下見を行う。既に滝行を行っている方がいて、滝の中で鋭い気合を発していた。我々とは明らかに求めるものが違う滝行。一口に滝行と言っても様々であることがわかる。これは行の上下では無い、相違点である。人生が多様であるように、求めるものも多様である。

滝行を行う者の「絶対的なマナー」として
・挨拶
・他流儀の滝行を邪魔しない

ということが挙げられるだろう。だから、私達も可能な限り静かに待っていた。

先にいた方が滝から出てきたので、挨拶を交わし、私が滝つぼへと向かう。

観瀑台、滝つぼまでの階段、滝つぼ付近の岩の状態、流木の状態、水温、水量、水の流れ出来るだけ多くのことを確認する。そして「場」に挨拶をする。

そして滝つぼへ、芯に入る。約一ヶ月ぶりの滝行。先月にくらべ、滝つぼ付近の外気温は10度近く低く、水温は10度以上低い。筋肉が、骨が、ギシギシと音を立てるかのようだ。

今回はあえて一回出た。滝に出来るだけ早く慣れるためだ。滝になじめないと思うときは2~3度出入りを繰り返す。天真流における重要なテクニックの一つ。

このとき滝の苦しさに耐え切れず逃げ出した頃の自分の心身を、「初心」を思い出した。そして、そのことを「敗北」と感じた自分を思い出した。滝行に「敗北」など無い、「失敗」など無いのに… どんな滝行・入滝も「その人の滝行」なのだから

もう一度、芯へ。どんどん慣れて行く。しかし、あくまで下見である。体力の7割以上を残すように滝を出た。

滝から出て、妻が待つ観瀑台へ。ぬれた体を拭きながら、妻に全体の時間を聞いて驚いた。7~8分滝に入っていたという。この季節、この水温、私の体質、これから皆さんを先導させていただくという事情。これらを全て考えれば、明らかに入りすぎだ。しかしその実感がない。体力的にも充分だ、理由がさっぱりわからない。滝の中でもかなり冷静だったはずなのに…

確かに、滝つぼの中にあるとき、恐ろしいほどの勢いで深まっていったのだが… いつもの自分より強い集中力、深まりを感じた。

今回の滝行は素晴らしいものになる!!

これからの季節こそ、滝行は高い効果を発揮する!!
このことを実感した瞬間だった。

【三鷹稽古会】本道に帰る

月曜日は三鷹稽古会です。三鷹稽古会は空手の稽古です。 新体道は何から生まれたか? 誤解を恐れずに言えば、空手と剣術から生まれたんですね。そう言った背景をもって生まれた新体道ですから、剣術がとても重視されています。

新体道の「大いなるものを賛美し、一体となろう!」という思想と、剣術が一体となった技・型に栄光があります。
新体道を支える三大基本。「天真五相、栄光、瞑想組手」この一角をなす「栄光」。栄光を忘れては、新体道は成り立ちません。

特に入門初期には、栄光(大)をやりこまないといけないと思います。

やり方は? 諸手を上げて「アーッ」て声をだして走るだけ(笑)いや、笑っちゃいけません。大基本ですから。

実はたったこれだけのことに、武道として、心身の解放として重要なことが本当にたくさん詰まっています。

この「栄光の精神」で稽古を進めると、いろんな心~体~技の問題が解決されます。

だから、やりました。「栄光」。私も走りました「アーッ」って声を張り上げながら(笑)

~稽古内容~
天真柔操
栄光(大)
基本立ちジャンプ3種
ワカメ体操(前対前)
騎馬立ち中段本突き
練気組み手第一
天真五相

【ほびっとむら】聖性

水曜日はほびっと村稽古会です。
http://www.nabra.co.jp/hobbit/wc.htm#sint


今回は新体道初経験の方が3人見えました。
いつも稽古している方もいらして、ちょっとにぎやかでした。

たくさんの人が集まると、個人の個性も浮き立ちますが、もっとはっきりしてくることがあります。それは「男性性」「女性性」
実は、私たちが思うより、男性と女性の境界ははっきりしていません。これは心理上の問題だけではなく、生物学上もその境界部分はとっても曖昧なのです。

今の医学では、出産時にどちらかの「性」に振り分けられてしまいます。これは、社会通念、法律学、生物学をはじめとする様々な要因によるのですが、この振り分けが人類にとって完璧では無いことは、かなりの方が認識されているのでは無いでしょうか? でも、現在の社会を機能させるためには、振り分けがある程度必要なことも…

新体道の組み手、これは老若男女、誰でも出来ます。そこに差別も区別もありません。この組み手が進んでゆくと、皆一体になった気がして不思議なんですが、このとき男性と女性の組み手のありようが全く違うことに気がつきます。 やはり、男性は男性の組み手を、女性は女性の組み手をするのです。不思議なことに、内面が男性であることを自認する女性でも、男性的な組み手をするかと言えば、ほとんどの場合そうでは無いのです。内面が女性であることを自認する男性が女性的な組み手をするかというと、これもそうでは無いのです。

新体道の組み手は、思いっきり、でも安全に、楽しく、自分のやりたい動きで出来ます。「約束」はありますが「型」はありません。自由なんです。だからその人の「心~体」の本当の個性が引き出されるようです。
男性は女性に。女性は男性に。動きを通じてそれぞれの性性から導き出される自分には無いものを尊重し、学んで行くことで、人は「自分」を知ることが出来るのだと思います。

それぞれの人に宿った、男性性、女性性、これらは本当に聖なる性質で、自分の本性を自認・自覚・自得する上でとっても重要なものなんだと思えた、ほびっと村でした。
~稽古内容~
天真柔操
親和体操1対2
開脚手取りのほぐし組み手
基本立ちジャンプ3種
一人ワカメ
重心降下方~正立
一人ワカメ(激しく)
重心降下方~正立
瞑想組み手ワカメ体操
瞑想組み手交互ワカメ体操
天真五相
無想の瞑想

【三鷹稽古会】ふわふわ

月曜日は三鷹稽古会です。三鷹稽古会は空手のお稽古です。
新体道は若者達の激しい、命がけの稽古から生まれました。その稽古の主体になったのは、「空手」
若者の中には遺書を書き、また毎回の稽古後に、生き残ったことへの喜びに涙する者もいたそうです。それほど激しい稽古でした。

もちろん現在の稽古でも激しいことをすることはありますが、それでもどこか「ふわふわ」しています。そしてみなさんその「ふわふわ」の中で楽しんで稽古しています。

その「ふわふわ」の代表格のお稽古「ワカメ体操」。その中でも「交互ワカメ体操」を今回の稽古では行いました。

皆さん、この「大人版追いかけっこ」を楽しんでいます。中には床に転がったりして…

でも、やっている内容は? 一般的な空手の用語を使えば、「手刀と回し蹴りの約束組み手の連続稽古」です。ふわふわしているから気づきませんが、実は皆さんかなりのスピードで手刀をふるい、回し蹴りで空を切っていました。とてもたのしそうに!

気楽に力を抜いてやれば、ビックリするほどの速さで手刀、回し蹴りが空を切り裂きます。気楽に力を抜いてやれば、そんな手刀、回し蹴りがかすりもしません。

ふわふわして見えるけど、鋭い。それが新体道の組み手なんです。
~稽古内容~
天真柔操
基本の立ちジャンプ3種(正立・養気・開放)
連続前蹴り
開脚前進(大)
一人ワカメ(双球の意識)
双球走り
瞑想組み手ワカメ体操(打ち手)
廻し膝蹴り
回し蹴り
瞑想組み手ワカメ体操(打ち手&蹴り)
瞑想組み手交互わかめ体操(打ち手&回し蹴り)
打ち手前後斬り
太極(大)
二人組みほぐし


【デイサ-ビス新体道】今しか出来ないこと

月曜日は新宿のデイサービスで新体道でした。
デイサービス新体道で、私が口癖のように言っている言葉があります。それは、

「こんなことここででしか出来ないでしょう? 家やまして外でやったら救急車で連れて行かれちゃいます。だからもう、思いっきりやってください!!」
こう言って、舌をべろーん。突きをエイ、大きな声であ~お~

デイサービス新体道に限らず、新体道の稽古と言うのは常に自己解放の場でなくてはなりません。それには、恥や外聞、見栄そんなものを全部とっぱらわなくちゃあいけません。

なんで自己解放の場が必要なんでしょう? 

全ての人は自分らしく生きる権利を持っています。どんな人も自分の本来の生を輝かせて生きてよいのです。本当に自分らしい生き方が出来たら、その人は幸せです。自分らしい表情、自分らしい服装、自分らしい遊び… 何も我慢することなく、自分らしく生きられたたらどれだけ「楽」でしょう? その自分らしさを押さえつけているのが、
「こんなことしたら笑われるんじゃないかしら?」
「みっともないんじゃないかしら?」
なんていう、感情です。

こんな感情を、デイサービス新体道の時間では、ホンの一時だけでもはずしてもらいたいと思うのです。そしてやがては、自分を押さえつけている感情なんてものに、実態が無いことをわかってもらいたいのです。

そうすればもっともっと、気楽に人生の最終章を楽しめると思うのです。

だって、利用者の皆さんは今まで、会社にあっては会社の為、家にあっては家族の為、地域にあっては地域の為、がんばってきたり、我慢してきたりしたんですもの。

もう、良いんです。がまんしなくても。

~稽古内容~
体上下
呼吸法
体ゆらし→開放体体ゆらし
手こすり
手首振り
無相拳
両腕回し→青空体操
首柔軟
胸開き→気合→舌を出して
体側伸ばし
前後屈
一人ワカメ
天真五相「エ」→片手ずつ→気合
膝抱え込み
回し蹴り
前蹴り
天真五相

【くにたち稽古会】緊急告知!! 子どもクラス開催!!

<毎週木曜日は、くにたち稽古会なんですが。
ここで、
「子どもクラス/親子クラス」を開講することになりました!!
概要は以下の通りです。

・木曜日 18時~18時45分くらい
・対象  4歳~10歳まで
・会費  入会金 5千円 
     月謝  5千円(親子参加8千円)
     一回  2千円(親子参加3千円)
      ~体験当日にご入会の場合、体験料金は無料となります~
・会場  国立市東地域防災センター(会場は変わることがあります)

優れた、心身の開発法・解放メソッドである新体道。この体技を子どもが稽古するとき、何がおころるでしょう?

多くのお母さんは、自分の子にもこんなすばらしい能力があったんだ!と気づいてくださいます。


詳細・お問い合わせは
新体道・東京西地区新体道連盟 曽根田まで
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新体道・東京西地区新体道連盟
     ~武道・瞑想・滝行~
曽根田 敦志 SONEDA Atsushi
shintaidojin@@hyper.ocn.ne.jp~スパム対策に@を二つにしています
ホームページです。
http://www.geocities.jp/shintaidojin/
【新体道人】で検索してください!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【デイサ-ビス新体道】老人と栄光

木曜昼はデイサービス新体道でした。

デイサービス新体道で稽古するに当たって、難しい技がいくつかあります。その代表は「栄光」

この稽古をする時は、どんな方が今日稽古してくださるのか? 稽古する皆さんの顔色はどうか? などなどを見なければなりません。 

というのも、新体道大基本「栄光」ですが。一番最初のところでお腹を開いて、天を仰いで、思いっきり天に伸びる動作があるのですが、これが高齢者の皆さんにとってきつい動きになることがあるのです。

人間年をとると伏目勝ちになりやすいもの、背中も丸くなります、ですから上を見るのがきついのです。

でも、私はやっちゃいます! スパルタですから(笑)というのは嘘。確かにやるんですが、その前に充分に首、肩をほぐしてもらいます。そして、なにより「栄光の精神」を味わってもらうのが重要なのですから、そんなお話もさせて頂きます。

そんな時、みなさんの顔は真剣です。「なんだこの若造!!」なんて言いません。もしかしたら、
「栄光」と言う技から言葉にならない「何か」を感じているのかもしれません。

そして大きく「エイ!」

~稽古内容~
体ゆらし~正立・養気・自護(ホンの少しだけ、含腹筋テスト)・開放
手こすり
手首振り
腕回し~片手
腕回し(両腕)→青空体操
首柔軟
肩回し
胸開き→胸開き(気合)
体側伸ばし
前後屈
体ねじり
栄光~大上段斬り下ろし
膝抱え込みストレッチ
膝抱え込み
ゆっくり前蹴り
前蹴り(気合)

【くにたち稽古会】「0(ゼロ)」

木曜日は国立稽古会です。東地域防災センターをお借りしています。
「型」…ここにはいろんな情報が詰まっています。別な言い方をすると、彫刻みたいだともいえます。たとえばロダンの考える人ですが、ほとんどの方は顔が見えるほうからしか見ていません。でも実はあれ、背中側から見ても良いし、出来るんなら上から見たって、顕微鏡で見たって良いわけです。場合によったら、色つきのライト当ててみたり、遠くから望遠鏡で眺めて見たり、触ってみたり、いろんな見方をして良いのです。そうやって、彫刻を味わって行くんですね。

型も同じです、いろんな味わい方が出来ますし、しなきゃあいけません。特に、新体道大基本「天真五相」「栄光」はもう情報の倉庫です。武道的なこと、宗教的なこと、芸術的なこと、学問的なこと、健康法、もうたくさんの情報が詰まっています。

その全部を引き出すのにはどうしたら良いでしょう?

答えは簡単、先入観をなくして、「0(ゼロ)」から型を見るんです。そして、いろんなことをやって見るんです。「ばっか、ばかしぃ~」って言うこともやってみるんです。 そうすると、あれよあれよという間に、いろんなことがわかってきます。そうしたら、わかってたものをまた捨てて「0(ゼロ)」になって型を見ます。今度のゼロは、さっきのゼロとは違います。でもゼロです、そこからはじめるのです。

そんなことを続けると、とっても「豊かな0(ゼロ)になります」。実りあふれる、豊かな広がりと、虚無が同時にある「0(ゼロ)」
極意に触れるので、今日はこの辺で!

~稽古内容~
天真柔操
ほぐしマッサージ
自由にジャンプ
一人ワカメ
両腕振り下ろし
無相拳
無相拳・無相蹴り(自由に)
体が崩れる瞑想~仰臥
天真五相(正)
天真五相(大)
天真五相(大)~片手ずつ
天真五相(正)
大気舞
栄光(大)~歩いて自由に
栄光(大)~直線を集中して
ほぐしマッサージ
無相位瞑想法

【ほびっとむら】受け入れて、受け入れて

水曜日はほびっとむら稽古会です。

ほびっと村では新体道のボディーワーク的な側面で稽古してきました。でもやはり新体道は武道から生まれて来ましたから、武道の技を使って稽古すると、とてもわかり易い面もあります。

武道なんていうと「相手をやっつける」という側面ばかりが強調されがちですが、新体道・新体道武道ではこう考えます。

「この相手は天のお使い、受け入れて、受け入れ尽くそう、自分を開いて受け入れよう、斬られても、突かれてもいいじゃないか」

こんなこと言うと、「ヘンな宗教?」って誤解されそうですが、実は… これが武道の本当の極意なんですねぇ。この言葉、武道を本当に熱心に稽古してきた方はよくわかってくださいます。

「懸待表裏」

こんな言葉があります。この言葉の意味するところは、とっても深くていろんな意味があるですが、実は同じことを言っている部分もあるんです。

いろんな武道の古歌があります。これを味わってみると、
「本当に古の武人達は、素晴らしい精神的な高みにあったんだなぁ、自分ももっと稽古しなくちゃいけないなぁ」
なんて思います。

今回はこの高みを味わうべく、チョットした棒を使って稽古しました。二人一組の組み手です。一人が大きく斬ります。もう一人はただただ、自分の中心をさらけ出し斬られていきます。

ただ斬られるんじゃありません!! 全部さらけ出すんです!! 全部投げ出すんです。

そうすると、待っているようで、誘っているようで、さらけ出しているようで、受け入れているようで、嬉しいようで、悲しいようで、あるようで、無いようで、、、なんだか訳がわかりませんが楽しくなってきます。

そんな稽古を楽しんで行った「ほびっとむら」でした。

~稽古内容~
天真柔操
自由にジャンプ⇔自由にほぐす
両腕振り下ろし
自由に無相拳
天相から中心を斬る(短棒の端を持って)
一人ワカメ(双球の意識)
双球走り
膝行(双球の意識)
回し蹴り
天真五相

【三鷹稽古会】まわし蹴り!!

月曜は三鷹稽古会です。三鷹稽古会は新体道空手の稽古が中心です。

さて、蹴りと言うと今のご時世、ほとんどの方が、「回し蹴り」を想像されるのではないでしょうか? 総合格闘技やK-1、キックボクシング、フルコンタクトカラテなどでは、この回し蹴りが多用されます。

この回し蹴り、日本での起源があまり明らかではありません。キックボクシングによく似た、タイの国技ムエタイではよく見られますが、日本本土の古武術、沖縄の空手、また中国拳法にも類似の蹴り方は無いようです。

一説には、松涛館流の船越義豪先生が作ったとも、自由組み手が盛んだった大学空手部で自然発生したとも言われています。また、昔、極真会館初期の頃、当時極真で一線級の人たちがタイに渡ってムエタイに挑戦したとき、ムエタイの回し蹴りを見て憶え、日本に持ち帰ってきたとも言われています。

新体道にも、新体道独特の回し蹴りがあります。大きく前進し、基本の動作は大きく行います。一般によく見られる、前蹴りの変化としての回し蹴りとはちょっと違う、独特な股関節、腹、腰の使い方です。
これがうまくいくと、腹、腰がスカッ! っとします。やるたびにスカッ!として、気持ちが洗われてゆくようです。

今回の三鷹稽古会ではそんな回し蹴りを稽古しました。どんな回し蹴りか? お知りになりたい方は稽古場へどうぞ!(笑)

~稽古内容~
天真柔操
立ちジャンプ3種
自由にジャンプ⇔一人ワカメ
腰前後
両腕振り下ろし
無相拳自由に
開脚前進(大)
単球・双球走法
廻し膝蹴り
回し蹴り
前後斬り~太極(大)から
太極(大)
二人組みほぐし

【仙川稽古会】理論→実践

日曜日は仙川稽古会でした。

参加人数が少なかったので、ちょっと理論的な話をしました。そしてその理論にのっとって稽古を進めました。

新体道とその他大抵の体技(武道・舞踏・儀式を伴う学び・etc)とは違うところがいくつかあります。
その代表的なところは「気づきへの階梯」です。

世の中のほとんどの体技(武道・舞踏・儀式を伴う学び・etc)は

教え→型・儀式→応用→気づき

ごく大雑把に言うと、こういう感じで「学び」から「気づき・悟り」に向かおうとします。

ところが新体道は

体感のゼロ化→自由な動き→そこから生まれた、または応用・適用された型→型の応用(組み手・表現・etc)→気づき

という順番になります。

実はこれまでの世の中のほとんどの体技(武道・舞踏・儀式を伴う学び・etc)が行ってきたシステム「教え→型・儀式→応用→気づき」は、ごく一部の天才、もしくは英才教育を受けて来た人でないと「高度な気づき」にたどり着き難いのです。

過去の武道・芸道・宗教ではこの壁を突破する為に、一子相伝だとか、ごく一部の弟子の成長のためにその他の弟子や一般信者を利用するとかいう方法がとられてきました。

新体道では、「体感のゼロ化」がその役目を果たします。具体的には、天真柔操、心身開発体操や、瞑想を行います。そうすると、心身共に「空っぽ」になれます。

そこから、体が生み出す一見無秩序な動きを、目的にあわせて整理・応・適用すると、それが武道になったり、舞踏になったりするのです。

空っぽになると、その人だけの型が現れたりします。それがとても素晴らしいのです。

空っぽになると、型そのものになれます。型に含まれる情報をピュアな形で取り出せるのです。

~稽古内容~
天真柔操
立ちジャンプ一人ワカメ
無相拳
無相蹴り
自由に(短棒を持って)
柔らかく自由に天真五相
天真五相(正)

【くにたち稽古会】杖を自由に

木曜日は国立稽古会です。くにたち稽古会は月に一度杖の稽古を行っています。
杖の稽古と言っても、同じ新体道コンセプトに基づいて行っていますから稽古内容はあまり変化が無いと言っても良いでしょう。

あくまで、杖は体の延長であり、一部。
ここで勘違いしてはいけないことがあります。

杖術ですから、杖を使った様々な技があるのですが、それらは全てからだの延長として表現されたものなのです。

「そんなの当たり前じゃないか!!」といわれるかもしません。でもちょっと待ってください。

普段やっている稽古。そこに極意が表現されているでしょうか? 本当に技と一体になって、「自分」なんてモノが存在しないくらい「技そのもの」になっているでしょうか?

自分自身が「ゼロ」になってやっと、本当の杖の技が出てくるのです。自分自身が「ゼロ」になってやっと、型の本当の意味が体でわかるのです。 今回はそんな稽古をたっぷりとしました。

~稽古内容~
天真柔操
自由にジャンプ
一人ワカメ
火の玉瞑想法
無相拳
無相拳・無相蹴り(激しく)
騎馬立ち龍飛
騎馬立ち三方受け
杖を持って自由に
杖三対一組み手(自由に捌く)
ほぐしマッサージ
杖証光

【ほびっとむら】素直な体


毎週水曜日は、ほびっと村稽古会です。

今日のテーマは素直な体。 新体道に限らず、武道や茶道、華道、お寺や神社の行事、お祭り至るところに「型」があります。

この型というのは、行ってみれば「極意のカプセル」のようなものです。「型」は大事に、大事に稽古してゆかなければなりません。

でも、ちょっと考えなければいけないこともあります。と言うのは、「型の意味」というか、その教えようとしていること、極意ですね、これをどうやったら理解できるのだろうか? と言うことです。

新体道ではこう考えます。「力みを抜こう、そうすればわかる」と。
実際、昔の文章を見ても、「この技を力んでやりなさい」なんて書いてありません。

力まない、素直な体で「体に任せて」稽古をすると、あら不思議「~の極意」なんて動きがひょいと出てきます。 素直な体で稽古をすると出てくる、極意の動き、これが本当の「体の智慧」なのかもしれません。

今回の稽古は、とにかく力みを抜いて自由に動いてもらいました、もうわがままいっぱい。そして、あることをしてもらいながら、また自由に動いてもらいます。

そしたらやっぱり出てきました! ナンバの動きに始まって、ある武道では高段者になって初めてできると言われる動きまで。

さて、何をしてもらいながら自由に動いてもらったでしょうか? 
知りたい方は稽古場へどうぞ!(笑)

~稽古内容~
天真柔操
親和体操1対2
天真整体
自由にジャンプ
両腕振り下ろし
瞑想組み手ワカメ体操
   同上     (交互)
無相拳
無相蹴り
自由に無相拳・無相蹴り
無相拳組み手
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新体道人

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※新体道とは
武道家・青木宏之によって創始された、真の人間性復興、天地人と自分との一体の境地を獲得するための、武道を超えた、新時代の武道。

★※*…~…*※☆
今年は変革の年なんだそうですねぇ。そう言った波の一つなのかtwitterが大流行! 英語に継いで日本語でのつぶやきが2番目に多いんだそうですよ!

そんなことで、私も初めてみました!

主に、創始者・青木宏之の著書からの抜粋です。武道・体技・滝行・瞑想を深める意味深い言葉が多くありますよ!
(関係ないことも時々つぶやいたりしますが…)

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●月曜日(新体道武道クラス)
18時~19時(子供クラス)
19時~20時45分(大人クラス)
三鷹・沙羅舎地下 舞遊空間三鷹市下連雀3-1-24
指導・号令 曽根田敦志



●木曜日(健康体操・杖術・剣術クラス)
18時~19時(子供クラス)←新規開講 !!
19時~20時45分(大人クラス)
国立・東地域防災センター国立市東1-13-13
指導・号令 曽根田敦志

※月曜日・木曜日指定の月謝会員の皆様へ。
会場都合、主催者都合でお休みとなった場合、月曜日、木曜日への振り替えが可能です。どうぞお問い合わせください。 

●号令者 
曽根田敦志(新体道正指導員・新体道空手弐段・新体道棒術弐段・高齢者向け新体道講師)
曽根田圭子(新体道正指導員・新体道一般科講師)

●稽古は年齢、性別、経験の有無を問わず誰でも参加できます。
健康法・能力開発に最適です。
天真柔操、心身開発体操、杖体操、栄光、天真五相、瞑想組手、空手などを稽古しています。

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